釈徹宗 「いきなりはじめる仏教生活」

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

いきなりはじめる仏教生活 (木星叢書)

いきなりはじめる仏教生活 (新潮文庫)

いきなりはじめる仏教生活 (新潮文庫)




タイトルはお手軽な仏教入門書っぽい。
しかし、しっかりと読むに値する、とてもしっかりした内容の良い本。


平明なわかりやすい言葉ながら、とてもしっかりと論理的に書かれている。


著者が言うには、近代とは「煽り」の文化システムであり、特に昨今は「近代尖鋭期」とでも呼ぶべき、自我の肥大化が煽られている時代だという。


その中で、仏教は、自分はどんな枠組みで生きているかを問い直してくれるものだという。


つまり、人はなんらかの枠組み・物語の中で生きているが、その枠組みがあまりに強いと、何らかの衝突を社会や他の人と起したり、何かの対象に強い執着を感じて、結果として苦しむことになる。


しかし、自明として生きている自分の枠組みを問い直し、枠組みをゆるやかな自由なものにしていき、この社会を生きることを大切にしながらも、もうひとつの「外部」への回路を開いてくれるもの。
それが仏教だと著者は言う。


そして、仏教についてさまざまな要素についてわかりやすく説かれているが、中でもこの本では、特に禅の十牛の図と浄土教二河白道図がとりあげられて、考察されている。
著者は浄土真宗の僧侶だけあって、浄土教についてもとても納得のいく、とても良い意味づけや解説がなされていた。


つまり、「個人的な闇」や「人間としての闇」を抱えて危機に直面した人が、念仏を通して、自分を中心とした枠組みから「仏に願われている私」に目覚め、無条件に受容される体験を通じて生命の根源の支えを得ていくのが浄土教であること。


また、浄土などあるのかという現代人がよく言うことに対して、「死んだらおしまい」と思って生きる人生と「死んだら浄土に帰る」と思って生きる人生はおのずと違ってくる、浄土に生まれるように生きて、先だった人々と素敵な話ができるように生きていく、という人生観だということ。


そうしたことが浄土教について述べられている。
また、浄土教における「聞」の大切さに触れて、「「聞く」は外部への回路が開く手立て」だと述べている。


そして、仏教・浄土教は、世間の価値体系とは別の価値体系の枠組みを示して、世間の価値体系の枠組みを問い直させながらも、世間の価値体系を必ずしも否定するわけではなく、外部の回路が開いているからこそ日常のかけがえのなさや重層性や豊かさに目が開かれ、両方とも相まって車の両輪のように今ここを生きることを可能にする、と述べている。


つまり、今ここのかけがえのなさに気付く、それが外部への回路を開いてくれる念仏や仏教の結果であり、近代尖鋭期において仏教は非常に人が生きていくための智慧となる、というメッセージが明確に述べられている。


これらはとても納得のいくことであり、貴重なメッセージだと思う。


大乗仏教浄土教浄土真宗について一知半解で口汚く否定する人が時折いるが、そういう人はこの本を一度丹念に読んでみたら良いのではないかと思う。


また、個人的には、瞋恚を「不寛容」、愚痴を「メカニズムがわからないこと、仕組みがわからないこと」と解説してあるのは、なるほどーっと思った。
仏教の内容を現代人にきちんとわかる言葉でわかりやすく伝えようという著者の情熱は、本当にすばらしいと思う。


良い一冊だった。