以前、ある人がこんなことを言っていた。
内村鑑三以前の日本は旧約の日本で、内村鑑三以後が新約の日本なのだと。
たぶん、内村鑑三ファン以外は全く納得のいかない歴史観かもしれないが、私はこの頃よくそのことを考える。
内村鑑三ほど私にとって共感し、納得のいく文章は、めったにない。
なんというか、圧倒的な生命や高潔な精神がそこに生き生きと脈打っているのを感じる。
なので、ある意味、そういう歴史観もありかなぁという気がする。
それではキリスト教徒になって、仏教を捨てるべきなのかというと、どうもそうは私には思えない。
たぶん、内村鑑三以前の日本にも、キリスト教とは無関係に、真理への深い衝動や探究があって、その現れがいろいろあったのだと思う。
もっと語弊を恐れずに言うならば、一種の一神教への動きみたいなものが、明治よりも前の非キリスト教の日本にもあったのだと思う。
法然上人や親鸞聖人は、仏教において最も一神教的な、ほとんど一神教とみまがうほどの論理に達した。
また、儒教の中では、広瀬淡窓や二宮尊徳がそうした人物だったと思う。
彼らは語弊を恐れずに言えば、日本における旧約の預言者みたいなものだろう。
こう考えると、自分としてはじめてあれこれと考えが整理できる気がする。
かなり強引な論法だとは思うけれど。
ただ、真理はそれぞれの民族や文化において、それぞれに働きかけ、顕現するものなのだと思う。
では、仏教とキリスト教の違いは何なのだろう。
一番の違いは、仏教はもともと、人格神を持たず、真理(ダンマorダルマ)という非人格的な法則の遵守と認識を最も重視する教えであるのに対し、キリスト教は人格神が存在するということだと思う。
ただし、仏教においては、非人格的な真理(ダンマ)が、徐々に象徴的に人格的に表現されるようになり、それが阿弥陀如来と呼ばれるようになった。
では、浄土教とキリスト教が同じかというと、そうも思わない。
たしかに、真理の人格的表現や人格的象徴という考え方をすれば、それなりに似ていると言えなくもないかもしれないが、一番の違いは、具体的な歴史の有無だと思う。
キリスト教の神は、旧約聖書や新約聖書において、具体的にイスラエルの歴史において顕われ、働きかけていた神である。
神の言葉を預言者を通じて語る神である。
一方、阿弥陀如来はあくまで真理の人格的表現であり、働きや願いが釈尊を通じて示されるが、特定の民族や社会の歴史に干渉したり、声を発する存在ではない。
アジャセ王の救済や釈尊の姿を通じて、ある意味その願いや働きがそこには顕現していると言えるかもしれないし、聖徳太子や法然上人、七高僧にそうした働きの顕現があるとは言えるかもしれないし、親鸞聖人はどうもそう見ていたようである。
しかし、それは聖書にあるような、民族の歴史への具体的な干渉というのとは、かなり違うもののように思う。
どちらがいいとかいう問題ではなく、聖書は具体的な歴史に基づいており、浄土三部経や七祖聖教は、あまり具体的な民族の歴史とは関係ない要素が書かれている、ということだと思う。
そのためか、どうも浄土教においては、具体的な社会や歴史への応答という意識や要素が、長い歴史を見ても、あんまりないのではないかという気がする。
それに対し、内村鑑三に見られるように、キリスト教というのは、vividに時代や社会に働きかけ、対応する力があるように思われる。
逆に言えば、浄土教というのは、あまり特定の民族の歴史と無関係に、時空を超越していると言えるのかもしれない。
もちろん、聖書にも時空を超えた普遍的な真理があるが、浄土教はそもそもかなり抽象的・理念的なものだと言えるような気がする。
といったことをあれこれ考えるが、あんまり未だによく整理できたとは思えない。
たぶん、浄土教も、キリスト教も、狭く浅い自分の了見ではそうそう簡単には理解できない、とてつもなく深い伝統なのだろう。
あと何十年かそれぞれに付き合ってから、それから結論を出してもいいのかもしれない。
ともかく理屈を抜きにして、私はイエスや内村鑑三が好きだし、釈尊や親鸞聖人が好きだという、それだけでいいような気もする。
ちなみに、キリスト教でも仏教でもないが、どちらとも極めて似ているような気がして、最近は広瀬淡窓が急に好きになった。
昔はさほど興味がなかったのに、人生は不思議なものである。