映画『主戦場』を見た。
以前見たいと思っていたが、なかなか機会がなく、やっと動画配信サイトで見てみた。
第二次大戦中の日本支配下の朝鮮半島における従軍慰安婦についての論争を扱ったドキュメンタリーである。
慰安婦を否定する論者と、そうした事実があったとする論者の、双方から多くのインタビューを行い、それらの人々の発言を紹介してあり、制作者に一定の意図はあるとしても、比較的公平に双方の主張を紹介していると思われた。
いろんな問題を含んでいるが、私にとって興味深い論点は、以下の二つだった。
1つ目は、強制性についての理解が、右派と左派で異なっていることである。
慰安婦否定論の右派の人々は、鎖につながれたり地下室に入れられたり国家が強制的に銃剣で女性たちを慰安婦として引っ立てていったという事実はない、ということを主張する。
一方、慰安婦は歴史の事実としてあったと指摘する左派の学者たちも、この映画に紹介されている人々は、右派が言うような事実があったと別に主張しているわけではない。
そうではなく、中間業者が詐欺や甘言で騙して連れて行った女性が数多くいたこと、また、未成年の女性が多くいたことが、その当時すでに国際法違反の状態であり、日本の政府や軍がそうした中間業者を取り締まらず、放置していた、あるいは意図的に利用していたことが、国際法違反だったことを指摘していた。
右派は、実際は誰も言っていないような「強制」を否定することに躍起になっているが、むしろ問題は中間業者の放置という意味での犯罪性にあったと見ていて思われた。
2つ目は、上記の問題と関わるが、従軍慰安婦が当時において合法だったか違法だったかという論点である。
慰安婦否定論の右派の人々は、仮に売春業者があったとしても、本人が自発的にそうした職業に就いている場合は、当時においては合法だったと主張している。
一方、左派は、1921年の「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」において、21歳以下の人身売買がすでに禁止されており、そのような事態の摘発と犯罪処罰が規定されていることを指摘し、当時の慰安婦の記録に未成年が多数いたことが明らかになっており、そのような違法状態を日本政府が放置していた責任を指摘している。
また、1930年の「ILO強制労働条約」も、意志の自由のない状態における強制労働を禁止していたことを指摘している。
さらには、1926年に成立した「奴隷条約」は、上記二つの条約を日本が批准していたのに対し、奴隷条約は日本が調印批准していなかったものの、すでに1930年代には国際慣習法として定着していたので、日本が批准していなくても法規範として存在していたということも指摘していた。
上記二つの論点に関しては、私は右派の主張よりも左派の主張の方に、法的な根拠はあると思われた。
大事なことは、国家の名誉や個々の主観ということよりも、当時の国際法から見た時の、法的正義であると思われた。
上記二つの論点以外にも、さまざまな事柄がこの映画には論じられており、それらについては、さまざまな考えがありうるし、なかなか検証が難しいと思われることも多かった。
韓国の挺対協などが慰安婦の数が20万人いたと主張するのに対し、日本では左派の歴史家も3万人から5万人程度だと推測していた。
戦時中の書類の70%が敗戦の前に焼却隠滅されてしまっており、なかなか正確な数字が把握できないようである。
また、慰安婦について、アメリカの市民運動家が、8歳や10歳の少女が誘拐されて慰安婦にされたと言っている様子が紹介されており、根拠のない数字の誇張が一人歩きしている様子も紹介され、このような誇張がかえって問題を紛糾させるであろうことが懸念されていた。
日韓は、民主主義や市場経済などを共有し、ともにアメリカの同盟国でありながら、歴史問題によってたびたび衝突や不和を繰り返してきた。
岸田首相と尹大統領の期間は、つかの間、比較的穏やかで協調が成り立っていたようであるが、もうすぐ決まる新しい自民党の総裁に誰がなるかによっては、再び歴史問題で紛糾することになるかもしれない。
地域の安定のためにも、日韓は双方に冷静に歴史の事実と国際法の原則に向き合って、なんとか歴史問題の解決に糸口をつけて欲しいと思われた。
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