野田さんの安倍さん追悼演説を聞いて

今日、衆院本会議で野田佳彦元総理による、安倍晋三元総理の追悼演説が行われた。

リアルタイムには聞けなかったけれど、動画で視聴した。

正直、胸打たれた。

政治家の演説でこれほど感動させられることはあまり多くはないと思う。

 

政治的には立場を異にしたものの、そうであればこそ真剣に火花を散らして真っ向からぶつかった政敵だったからこそ、本当にわかる部分もあったのだろうと聞きながら思われた。

 

また、野田さんが、安倍政権の「光と影」を両方を問い続けることの大切さを訴えていたことにも考えさせられた。

言葉をもって「光と影」、つまり功績のみでなく負の部分についてもきちんと問い続けることを、演説の最後で野田さんは強く訴えていた。

国葬のあと、すべてについて忘却と美化が進み、うやむやのまま神格化されていくのではなく、その功罪、プラスとマイナス、両面をきちんと言葉にして言語化して検証し検討していくこと、それがきちんとできるかどうかで、今後の日本のありようもかなり異なっていくのではないかと聞きながら思われた。

 

私たちが生きてきたこの同時代における、一つの貴重な演説だったと思う。

この演説で野田さんが訴えた、暴力に屈しない民主主義や、人々の暮らしについて命をかけて責任を感じながら街頭に立って言葉を発し続ける政治や、安倍政権の光と影についての真摯な検証ということが、無にならずにいて欲しいと思われる。

 

 

動画 (7分頃から)

https://www.youtube.com/watch?v=tTPUf9l2mqA&t=1913s

 

 

演説全文

https://www.asahi.com/articles/ASQBT4JDLQBTUTFK00D.html

安倍さんの訃報を聞いて

昨日、安倍さんの銃撃による訃報を聞いて驚いた。


私の数少ないモノマネのレパートリーの一つが、安倍さんのモノマネだった。
たまにそれを使って人を笑わせたことがあった。
また、一度だけ十年ぐらい前に実物を見たことがあった。
そうしたことを思うと、昨日の安倍さんの訃報を聞いて、政治的なことは横に置けば、いささか寂しい気持ちになった。


今のところ、まだよくわからないところもあるが、報道によれば犯人の動機は政治的な事柄ではなく、カルト宗教をめぐる私怨のようである。
なので、当初ネットにおいて堀江貴文氏などを中心に主張された、報道や野党が安倍政権を攻撃しすぎたからこういうことになったということは、全く無関係な筋違いな主張だったわけだし、民主主義や言論への暴力による抑圧ということも、どうもやや問題が異なるようである。
見直されるべきは銃規制やSPの警護体制の問題であろうし、カルト宗教をめぐる問題であろう。


ただ、今後懸念されるのは、今後客観的にアベノミクスや安倍政治を評価したり検証することが難しくなるのではないかということである。
ただでさえ、右派やネトウヨに安倍さんは大人気で、何も批判するなという雰囲気を彼らが始終つくろうとしてきた。
ますます安倍さんの悲劇的な死を彼らは利用して、そうした雰囲気をそれらの人々がつくりだそうとしていくことは容易に予想できる。
死者に鞭打つことは嫌う日本の文化的土壌はさらに輪をかけて、そうした雰囲気をつくっていくことだろう。
どのような政権であれ必ず功罪があるものであり、安倍政権についても公正な客観的な立場からきちんと検証が行われるべきだろうし、しかもそれは今後の日本の針路に大きく関わると思われるが、2013年から2020年にかけてのかなり長い期間の政治政策の意味や長所短所について、特にその負の側面について、今後ものすごく論じにくくなり、検証が進まなくなるのではないかと思われる。


とはいえ、それは杞憂に終わるかもしれないし、案外人は忘れやすいものなので、今でこそ感傷的に安倍さんの死を嘆き悲しんでいる多くの人も、じきに忘れてけろっとしていくかもしれない。
また、岸田首相は、記者会見においても安倍さんの死を心から驚き悲しんでいる様子が伝わってきて、岸田さんは良い人なんだろうなぁとあらためて思ったが、岸田さん本人の気持は別として、政治に横やりを出す党内最大派閥の領袖がいなくなり、気兼ねなく「新しい資本主義」等々の自分の政治を行う態勢が整うことにつながるのかもしれない。
明日の参院選で自公が圧勝すれば、岸田さんは選挙結果と安倍さんの死により、求心力を強め長期政権への道を進んでいくことが可能になるのかもしれない。


何が良いことなのか悪いことなのか、人間の浅知恵ではわからぬこともあるのだろう。
ただ、誰であろうと銃で殺されて良いなどということがあるはずがなく、安倍さんはその点では本当に気の毒に思う。
二度とこのような事件が起こることがないように、銃規制やSP警護について警察を始めとして大きく見直し、事件の再発防止に努めて欲しいし、カルト宗教の問題が絡んでいるのであれば、報道各社はきちんと事実を隠さずに報道して欲しいと思う。
そうした至極当たり前のことが行われず、筋違いな野党バッシングや、政府に対する批判への嫌悪や言論抑圧が広がるようであれば、この事件は極めて悪い影響を今後の日本に与えるだけのこととなるだろう。
そうならぬことを願うばかりである。

マルティアリスの詩 メモ

マルティアリスの詩で、以前も書いたが、気になっていたものがあった。

雑感 幸せな人生とは - elkoravoloの日記

 

当時はサリー伯の英訳までしか読めなかったが、ラテン語原文がちょっと読めそうな気がしてきたので、ラテン語原文をネットで探してみたら、見つかった。

https://sites.google.com/site/texteschoisis/home/martial-2?tmpl=%2Fsystem%2Fapp%2Ftemplates%2Fprint%2F&showPrintDialog=1

 

そのうち、じっくり読んでみようと思う。

 

Livre X

Épigramme XLVII

 

Vitam quæ faciunt beatiorem

Jucundissime Martialis, hæc sunt:

 

Res non parta labore, sed relicta;
Non ingratus ager; focus perennis,
Lis nunquam; toga rara; mens quieta;
Vires ingenuæ; salubre corpus;
Prudens simplicitas; pares amici;
Convictus facilis; sine arte mensa;
Nox non ebria, sed soluta curis;
Non tristis torus, et tamen pudicus;
Somnus qui faciat breves tenebras;
Quod sis, esse velis, nihilque malis:
Summum nec metuas diem, nec optes.

 

泉さんの話を聞いての感想

先日、知人の誘いで、泉健太さんのお話を聞きに行ってきた。
初めて実物を見たけれど、さわやかな信頼できそうな人物のように感じられた。

生活者目線の、生活安全保障ということを力説していて、物価上昇への対策や、家賃補助金を出す政策などを具体的にいろいろ熱をこめて演説していた。
また、教育の無償化や、現実的で具体的な防衛政策の必要性を主張していた。
また、まっとうな政治や立憲主義・民主主義ということの大切さも訴えていた。

ただ、安倍政治との対比で、まっとうな政治や立憲主義を主張するのは一応はわかるのだけれど、岸田政権との闘い方をどうしていくのかはちょっとわかりにくかった。
岸田さんはとらえどころがなく攻めにくいという感じの話も泉さんからちょっともれていたし、再分配政策を掲げる比較的まともで穏健な岸田政権との差異化はどうも難しそうだった。
一応、岸田政権の経済安全保障ではなく立憲民主党は生活安全保障を主張するということと、国全体の経済だけではなく生活者目線に立つということをアピールし、具体的な各論でより良い政策を有権者に地道にアピールする方針なのだろう。
それはおそらくは堅実で地道な良い方策なのだろうけれど、無党派有権者にわかりやすくアピールするという要素がないため、参院選はちょっと厳しいのではないかと思えた。

あと、泉さんはせっかく良いことも言い、さわやかな好感の持てるキャラをしているのに、あんまりそれが広く伝わっていないのももったいなく思われた。
おそらく前の立憲の代表だった枝野さんの時と比べても、SNSを使った広報や波及力はぐっと弱くなっている気がする。
れいわ新選組の方が不特定多数へのSNSを使った宣伝は長けているように思われる。
自民党のような資金力を使ったネット工作ができないのはやむをえないとして、もうちょっと無党派や不特定多数へのネットを使った広報宣伝やネットワークづくりを努力した方が良いのではないかと思われた。
今日の泉さんの来福も、ほとんど関係者以外誰も知らないし、伝える努力もなされなかったのではなかろうかと思われる。
泉さんは若いのにしっかりしているし熱意ある人物だということは実物を見ると伝わってくるが、それが広く伝わらないと、良かれ悪しかれ大衆民主主義の時代においては、なかなか日の目を見ないようにも思われた。
地道で堅実な努力は大変良いが、それにプラスして岸田政権との差異化と対策を意識したイメージ戦略を工夫して欲しいと思われた。

ドラマ『オスマン帝国外伝』について

  • BS4で放映されていた『オスマン帝国外伝』のシーズン4の最終話を見た。
    シーズン4までなので、これですべて見たことになる。
    トルコでは2011年~2014年にかけて放映されたそうで、日本のBS4ではシーズン1が2019年に放映され、その時から視聴した。
    最後まで見終わると、なんとも感慨深かった。
    オスマン帝国外伝』は16世紀初頭のトルコが舞台で、主人公は皇帝のスレイマンと、その妃となったヒュッレムの二人である。
    その他に大宰相のイブラヒムなど、実在の人物たちが登場し、もちろん脚色されながらも、その数奇な人生がよく描かれていた。
    私は今までトルコや中東の時代劇はほとんど見たことがなかったが、『オスマン帝国外伝』はとても面白かった。
    このドラマの影響で、ちょっとずつだがトルコ語を勉強し始めた。
    いつかトルコに行ってみたいと思う。

    にしても、最後まで見ると、諸行無常というか、人生は苦だなぁとしみじみ思わされた。
    レイマンオスマントルコの最盛期を築いた名君で、ドラマでも寛容で公正で法を重んじ、イスラム教徒のみならず帝国の臣民としてキリスト教徒やユダヤ教徒の権利も大事に保護し、多様性を重んじた様子が描かれていた。
    また、勇敢で、帝国の版図を大いに広げた。
    そうした成功や栄光に満ちた人生のはずだったけれど、晩年は個人的には悲惨だったようである。
    皆が跡継ぎになると嘱望していた聡明な長男のムスタファを謀反の疑いでスレイマンは処刑し、ムスタファを慕っていた末っ子のジハンギルも、もともと障害があって体が弱かったこともあり、ムスタファの死のショックで死んでしまう。
    レイマンが跡継ぎにと思っていた次男のメフメトも早世するし、勇敢で人望が厚かった四男のバヤジトも謀反の疑いで結局死刑にしてしまう。
    跡を継ぐ三男のセリムは飲んだくれで酒ばかり飲んでいて、スレイマンの晩年は家庭的には極めて悲惨ななものだった様子がドラマでは描かれていた。
    また、幼い時からの最大の腹心で親友だった大宰相のイブラヒムも、スレイマン自身の決断で唐突に処刑してしまい、その後ずっと罪の意識と寂寥感に苛まれていた様子が描かれていた。
    イブラヒムは実在の人物で、奴隷の身から28歳で大宰相に成り上がり、43歳で突然処刑され、今は墓の場所もわからないそうである。
    また、スレイマンの寵妃のヒュッレムは、このドラマの主人公であり、才気と美貌を武器に奴隷の身から成りあがって、数多のライヴァルを蹴散らし、謀略の限りを尽くす悪辣な面と、不思議な愛嬌と度胸と魅力も描かれていて、スレイマンとの愛がこの物語の主旋律だったが、スレイマンよりも先にヒュッレムは病気で死んでしまう。
    結局、スレイマンは晩年は本当に孤独で、痛風による体の不調や激痛にも悩み、最後は悲惨な様子だった。
    人生というのは結局最後は、独りで死んでいかなければならないし、運命や業としか言いようのない流れにより、自分でも思ってもみなかった悪業を犯して苦しんでしまう場合もあるのだろうと、見ながらしみじみ思わされた。
    普通の庶民に生まれて家族仲良い方が、よほど幸せなんだろうなぁとあらためて思われた。
    ただ、スレイマンが他のさまざまな王朝の皇帝たちと異なって、もろもろの悲惨さにもかかわらず、魅力ある印象に残る皇帝だった側面は、ヒュッレムへの愛は真実であり、ムヒッビーという筆名で多くの詩をヒュッレムに捧げたところだと思われる。
    ヒュッレムも悪事の限りを尽くしながら、スレイマンと我が子に対しては限りない愛をそそいだところが、人間を簡単に善悪では測れないむずかしいところと言えようか。

    おそらく架空の人物と思われるが、宦官のスンビュルという人物が良い味を出していて、次々に登場人物が入れ替わる長い物語の中で、シーズン1から最後までずっと生き残って登場し続けていた。
    スンビュルは小さい頃に誘拐されて去勢されて宦官にさせられたという設定だったけれど、ジハンギルなどに対して本当に深い愛情をそそいでいる様子がよく描かれていて、『ダウントン・アビー』のカーソンと相通じるような、のちの時代から単純にははかれない深い愛情が宦官や使用人と主人の間に通う場合もあったのかなぁと思われた。
    もちろん、ほとんどはそうではなくて、単なる支配・被支配の冷たい関係が多かったのだろうけれど、諸般の事情でそうでない場合も稀にありえたのかもしれない。

    オスマン帝国外伝』の他の、トルコや中東地域の時代劇も、そのうちまたBSなどを放映して欲しいと思う。

    https://www.bs4.jp/ottoman4/

祖母と正信偈

先日、祖母の命日に、ひさしぶりに正信偈を読んだ。
祖母は若い時に父親に先立たれ、そのあと息子を幼い時に事故で失くし、弟が戦死した。
娘の一人(私の伯母)もわりと若くして亡くなったし、私の妹である孫にも先立たれたので、生きている間多くの悲しみや苦労があったと思う。
新聞や週刊誌をよく読んでいて、わりと現実的な性格だったけれど、毎朝毎夕仏壇の前で正信偈を声をあげて読んでいた。
ときどき法事の時は、阿弥陀経をお坊さんと一緒に読んでいた。
祖母が亡くなるまで、私はあんまり正信偈にも阿弥陀経にも興味がなかったので、その中のどの箇所が好きなのか聞きそびれて、はっきりどの箇所を祖母が特に愛していたのかはよくわからない。
しかし、推測で思うならば、たぶん正信偈の中の「我亦在彼摂取中、煩悩障眼雖不見、大悲無倦常照我」と、阿弥陀経では「倶会一処」が支えだったのではないかと思う。
それらの箇所にいつか何かの拍子に触れていたようなかすかな記憶があるからである。
正信偈は、もちろん親鸞の文章で、教行信証の行巻の末尾に記されている偈文で、蓮如以降浄土真宗の日常の勤行となった。
その中の、以下の箇所は、もともとは源信が『往生要集』の中に記していた文章で、少し変えて親鸞が用いている。
「われまたかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼を障へて見たてまつらずといへども、大悲、倦きことなくしてつねにわれを照らしたまへり」
(我亦在彼摂取中、煩悩障眼雖不見、大悲無倦常照我)
おおまかな意味で言えば、
大いなるものの慈悲の中にいつもいるけれども、迷いによって目がさえぎられてはっきりとは見えない時もあるけれど、大いなるものの慈悲はいつも私を見捨てることなく照らし続けている、
という意味だろう。
また、阿弥陀経の中の「倶会一処」は、よくいろんな墓碑銘とかにも記されているけれど、「同じひとつのところで会う」という意味で、もっと言えば、先だった家族にもいつかあの世で一緒に会う、という意味だろう。
毎日正信偈を唱えていた祖母と比べて、私はめったに正信偈を開けて読むこともなく、久しぶりに目を通したけれど、上記の言葉二つは、私自身を支える言葉として、ときどきは思い出して大切にしていきたいとあらためて思った。

歎異抄第四条について

古典というのは、しばらくして読みなおすと、その時の状況によって、以前読んだ時はあんまり深く感じなかったことを感じさせられたり考えさせられたりすることがある。

私にとって、最近は歎異抄がそうだった。
特に以下の第四条がである。

「一 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏に成りて、大慈大悲心をもつて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。 しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々」

この「今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし」という箇所が特に心に響いた。
要するに、どんなにかわいそうに気の毒に思っても、助けることが難しいので、という意味だろう。

連日のウクライナの様子を伝える報道を見ていたので、この言葉がかつてないほどしみじみそのとおりに感じられた。
おそらく親鸞も、平安末期や鎌倉初期の戦争や天災などで、そのつど人々の悲惨な様子を数多く見て、なんとかしてあげたいと思いながら、ほとんど何もできない自分に心を痛めていたのだと思う。

そのうえで、歎異抄第四条の全体の意味を考えるならば、だから何もせずに念仏だけ称えてあの世で仏になりましょう、という意味というわけではないのだと思えてきた。

たぶんこの箇所が問いかけているのは、どの方向に向かって自分は生きるのか、ということなのと思う。
短い時間の単位だけを見て絶望して生きるのか。
それとも、長いスパンの時間で考えて、自分自身が少しでも将来(あの世のいのちもひっくるめて)人を助けることができるような、智慧や慈悲の方向に向かって日々に歩むのか、
という、そういう意味の問いかけなのではないかとこの箇所が思えてきた。

何かしら悲惨な状況を見て虚無に沈むのではなく、であればこそ本当の真実の生き方をしている人(それを親鸞の場合は「仏」と呼ぶわけだけど)の方向に向かって、自分自身が歩む、ということなのだと、以前は思わなかったけれど、この頃読みなおして思うようになった。

親鸞が言うところの「念仏申し」ての暮らしというのは、永遠のいのちを展望した上で日々を一歩ずつ真実の生き方に向かって歩むということなのだろうと思われる。

私が歎異抄を一番最初に読んだのはたぶん大学生の頃で、特にこの第四条の箇所は、私にとっては最も当時はつまらなく思えた謎の箇所だった。
大事なのはこの世であり、あの世のことではないだろうにと思えたからである。
しかし、多少年を重ねて、諦念が深まってくると、であればこそいのちの方向性を問う親鸞の言葉は、とてつもなく深いなぁと感じられるようになった。