李王朝と今の日本と

韓国の時代劇を見ていると、また韓国の歴史の本をぱらぱら読んでいても思うのだけれど、李王朝はなぜ五百年間も続いたのだろう。


ろくな政治はしていない。
腐敗堕落して停滞している。
政治的には良いことがない気がする。
五百年続いたのはたまたまだったのか。
何か理由があったのか。
本当に不思議だ。


李王朝が五百年続いた理由の仮説を考えてみた。


1、外敵が多く内部が団結したため。
2、儒教によるマインドコントロール
3、明や清の保護を受けて、内部への正当化と外部からの守りができたから。
4、両班の搾取で民が疲弊して抵抗の余力がなかったから。
5、内部でクーデターが時々あってガス抜きができたから。


他にもあるかもしれないし、もっと詳しい方に教えていただきたいところである。


こうした仮説を立ててみて、ふと思った。


儒教をマスコミや世間の空気に、明・清をアメリカに、両班を官僚に、クーデターを派閥の交替や政権交代に、それぞれ置き換えれば、五つとも不気味なほど今の日本にあてはまる。
李王朝に比べればだいぶ今の日本はましだとは思うが、それでも、いくばくか、似ていなくもない。
アメリカの属国であり、そうでありながら、周辺諸国にいわれのない優越感や排外意識を持ち、内発的に変革することができないとしたら、ある意味よく似ているかもしれない。


もし今の日本に無意味なプライドや排外主義が蔓延し、変わるべき時に柔軟に変われず、狭い視野にたてこもるならば、まさに李王朝とそっくりと言わざるを得ないだろう。
幕末や明治の日本は、李王朝と比べれば、はるかに柔軟で進取の気象に富み、変なプライドを持たずに、謙虚で広い視野があったものだったのだけれど。


李王朝の歴史を見ていると、いつも四つの毒があると思う。
儒教の毒、宦官の毒、悪女の毒、両班の毒。


日本の江戸時代は、李王朝に比べれば、はるかにこれらの毒を免れていたと思う。
儒教は李王朝ほど江戸期の日本には深く浸透せず相対化されてたし、宦官はおらず、李王朝ほど悪女が跋扈しなかった。


かつ、日本の士農工商も不条理なことは多々あったろうし、武士にもどうしようもないものが多かったろうけれど、武士は基本的に軍人だったため、武道で心身を鍛え、かつ実力や武力が比較的重視されていた。
つまらぬ名分論にあけくれた両班に比べればはるかにマシだったろう。


だが、今の日本はどうだろう。
マスコミの毒、御用学者の毒、無責任な国民の毒、官僚の毒。
この四つの毒が案外と満ち満ちているかもしれない。
もちろん、中には立派な報道関係者もいれば、立派な学者や知識人もいるだろうし、責任感ある立派な国民や、立派な官僚もいるだろう。
だが、四つの毒はある。


両班の搾取に比べれば、日本の政治はマシだろうか。
年金積立金など、ずいぶん官僚に食い物にされて悲惨な事態になっているし、財政もここまで悲惨な状態になっているのだけれど。
マスコミや御用学者の虚偽は、311の原発事故で悲惨な結果を生じたし。
さらにそのあとの菅降ろしの過程でも嘘や虚偽が蔓延して、いつも短命政権ばかりころころと引きずり降ろしている。
そして、こうした官僚やマスコミや御用学者の跋扈は、無責任な国民が支えているわけだ。


この四つの毒がなければそもそも原発事故は防げたかもしれないし、毒がそこまで深くなければ、未曾有の国難に菅降ろしのような愚劣で卑劣なこともなかったろう。


そうこう考えれば、あまり平成の日本も、李王朝の腐敗堕落と停滞を笑えないのかもしれない。
不条理な社会にあえぎながら、自らそれを変えることができなかった李王朝の不甲斐なさを、笑うこともできないものなのかもしれない。


望みがもしあるとすれば、上の腐敗や無責任とは関係なく、庶民が逞しく、そして責任を持って生きていくことにしかないのだろう。
かつて、李王朝とは異なって、自発的に大きな変革を成し遂げた明治維新のようなことを、我々ができるかできないかも、ひとえに、つまらぬ排外主義や頑迷さを自ら乗り越え、柔軟に変化し、自らを外に開いていけるか、そういうことにかかっているのだろうと思う。
四つの毒をなんとか乗り越えることができたら、日本もきっと大丈夫だが、それとも四つの毒に溺れ続けるのだろうか。