AC大量CMに苦情殺到…脅迫電話も
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/03/18/0003874681.shtml
この記事にあるように、ACはとんだとばっちりで気の毒と思う。
それに、ACのCMを不快だという人々がいるようだけれど、具体的にどのCMがどういう理由でいけないのだろうか。
どうもよくわからない。
単に、自分のいらいらした気持ちや不安な気持ちをぶつけるはけぐちにされているのだとしたら、ACもたまらないだろう。
ACのCMの中に、金子みすゞの詩「こだまでしょうか」を使ったものがある。
金子みすゞファンの私としては、けっこううれしい。
CMの最後には、詩の原文にはない、この詩の内容を敷衍した、
「やさしく話しかければ、やさしく相手も答えてくれる。」
ということばが述べられる。
いまこそ、この心こそが大事なのではないか。
ネット上には、ひたすら政府要路の人々に対してネガティブな悪罵を投げつけたり、事実無根のデマを流す心無い人々がいる。
そうした人々は、ひょっとしたら自分が何かそれで偉いことでもしているのかと勘違いしているのかもしれないが、何もプラスの結果はそうした行為からは生まれないだろう。
一方で、励まし合い、助け合い、被災地の人々や命がけで働いている人々を応援する、優しい言葉もたくさん行き交っている。
そうした優しい言葉に触れ、応援された方が、どの人も立ち直ることができるし、励まされるし、復興や再建のための力を発揮できるはずである。
私は、このACのCMは、その点、実にいまの時にフィットした、時宜に適したCMと思う。
仏教においては、「優しい言葉」(愛語、ペイヤワッジャ)が何より大切と
説かれている。
仏教に限らず、どの宗教でも、どの文化でも、優しい言葉が大切なことは異論はないだろうし、優しい言葉ほど人の言葉を和ませ、立ち直らせるものはないことは誰でもよくわかるはずである。
「こだまでしょうか」の心をよくよく味わい、善いこだまを生むように、今は各自が細心最大の注意を心がけるべき時ではないかと思う。