詩 「呑山観音」
一、
呑山観音に来るたびに、
不思議と私の運は開けていった。
御礼参りに来るたびに、
またひとつ道が開けていった。
呑山観音の石段を登り、
お参りし、
石段を降りたところにある茶店に寄るたびに、
私の人生が一歩ずつ進んで行った。
苦しい時も、うれしい時も、
寄り添いたまい、支えてくださる、
観音力のありがたさよ。
太古の息吹のする、呑山の不思議さよ。
二、
呑山観音の門前にある茶店のおばあさんが、
「ここのよもぎ餅を買うためには、八年以上かかる。」
と言っていた。
たしかに、私が最初に呑山観音にお参りした時から、八年が経っていた。
観音様に御縁のある人しか、そこのよもぎ餅を買うことはできないのだという。
それぐらい、御縁というのは有難いもので、
めったに得られることはない。
無上甚深微妙法、
百千万劫難遭遇。
あぁ、げにありがたきは仏縁、
あいがたきは仏の縁なり。
三、
仏の御手にありながら、
背き逃げ去る悲しさよ。
仏に抱かれてありながら、
忘れおびゆる悲しさよ。
仏から逃げて、背き去り、
迷い盲いて過ごせれど、
見捨てぬ仏のありがたさ。
南無と呼べば、
即座に答ゆ。
念彼観音力、
かの観音の力をおもえば、
仏あり。