雲井龍雄 「北下途上」

「北下途上」


欲囘狂瀾済一世   狂瀾を囘(かへ)して 一世を済はんと欲し
道之窮通未肯計   道の窮通 未だ肯(あへ)て計らず
直氣吐来震九重   直氣 吐き来たりて 九重を震はし
満眼紳紱是芥蒂   満眼の紳紱(しんふつ) 是れ 芥蒂(かいたい)
天日不照孤臣心   天日 照らさず 孤臣の心
枉被浮雲遮且蔽   枉げて 浮雲に 遮り 且(かつ) 蔽(おほ)はる
欲死則死生則生   死せんと欲せば 則(すなは)死し 生きんとすれば則ち生く
我肘容豈使人掣   我が肘は 豈(あに) 人の掣をして容れんや
檻車夕過東寧川   檻車(かんしゃ) 夕(ゆふべ)に過ぐ 東寧の川
目撃湖山涙沾袂   湖山を目撃して 涙 袂を沾(うるほ)す
囘顧遭逢夢耶真   囘顧すれば 遭逢 夢か真か
壮図唯有水東逝   壮図 唯(ただ) 水の東に逝く有り
嗚呼縦令此山如礪此河如帯  嗚呼 縦令(たとへ) 此(こ)の山は礪(れい)の如く 此の河は帯の如くなるとも
区々之志安能替   区々の志 安(いづくん)ぞ 能く替へんや



(大意)

怒涛のような時代の流れを押し返して、この世を救いたいと思ってきた。

私の生きる道が、成功するか失敗するか、いかなる目にあうかは、あえて考えず、計算打算を度外視して生きてきた。

愚直に、まっすぐに、自分の意見を堂々と述べて、集議院や政府を震撼させてきた。
薩長の権力者たちも、塵か芥ぐらいに思って、決して遠慮せずに、自分の信念を述べてきた。

しかし、天の太陽(天皇あるいは単に天)は、孤立した私の心を決して御照覧されなかった。
道理は曲げられ、太陽は浮き雲に覆われさえぎられてしまった。

もちろん、哀訴して生を盗もうと思えば生きながらえることができるかもしれない。
そのことから言えば、生きようと思えば生きることができ、自分で死のうと思うから死ぬということになるのかもしれない。

しかし、私の生き方や節義は、決して人に掣肘を受けて、曲げられるものではありたくない。

私を乗せた囚人護送用の檻のついた車が、夕日を浴びながら、利根川をいま渡っていく。

かつて大志を抱いて同志たちと奮戦した上毛の山々を見て、思わず涙をこぼさずにはいられなかった。

思い出せば、さまざまな人々との出会いやめぐり合わせは、すべて夢のようだった。

壮大なる志も、時代の滔々たる流れの中に、流されていってしまった。

ああ、たとえ、泰山が砥石のように小さくなり、この川が帯のように細くなることがあっても、

とるに足りない身の、この私の志は、誰にも曲げることも変えることもできない。
私の志だけは何があっても変わらない。