大平数子 詩集 抜粋

大平数子 詩集 抜粋 (『少年のひろしま』より)


「あい」

逝ったひとはかえってこれないから
逝ったひとは叫ぶことが出来ないから
逝ったひとはなげくすべがないから

生きのこったひとはどうすればいい
生きのこったひとは何がわかればいい

生きのこったひとは悲しみをちぎってあるく
生きのこったひとは思い出を凍らせて歩く
生きのこったひとは固定した面(マスク)を抱いて歩く



「やかん」

(原爆より三日目に吾が家の焼けあとに呆然と立ちました。)

めぐりめぐってたずねあてたら
まだ灰があつうて
やかんをひろうてもどりました
凸凹(でこぼこ)のやかんになっておりました

やかんよ
聞かしてくれ
親しい人の消息を

やかんがかわゆうて
むしょうに
むしょうにさすっておりました



「母」

風さん 風さん 風さん
あなたが世界中をくまなく吹いて
どこかでわたしの子どもをみかけたら
わたしが
待って 待って待ちくたぶれて
それでものぞみをすてないで
まだ待っているからと
あの子に伝えて下さいな

お月さん お月さん お月さん
あなたは一年、三百六十五日
そうして歩いておいでだから
あなたは何んでも見えるでしょうから
わたしの子どもが
道が多くて帰れないと
泣いていたなら
迷わずまっすぐ帰ったらいいと
教えてやって下さいな

雁(がん)さん 雁さん 雁さん
あなたが帰っていく北の国に
もしも、わたしの子どもが
寒さにふるえていたなら
私がさがしていたからと
子どもにいって下さいな
月のいいばんには
笛を吹いて待っていると
あの子に告げて下さいな
雨の降る晩には
高下駄をならして帰ってくる道を
歩いていると
あの子に告げて下さいな

つばめさん つばめさん つばめさん
あなたがいた南の国に
もしや私の子どもが
帰るのを忘れて遊びほうけていやしないでしょうか
あの子はものおぼえのいい子だから
きっとわたしを思い出してくれるでしょうけれど
南の国はあったかいから
南の国は、いっぱい いっぱい花が匂うているから
花の香りにむせて
わたしの子どもが帰るのを忘れているかも知れないのです
もし あなたが
私の子どもを見かけたら
私が待っているから
と、あの子に告げて下さいな

夜よ
私の子どもがどっちに連れていかれたのか
あなたがそれを知っているというなら
あなたの聞きたいいう
私の歌声を全部あげよう
ありったけの歌をうたってあげよう
教えて下さい
死は
何処(どこ)に私の子どもを連れていったのか
冬を震えている並木のアカシア
凍えて死にそうだというなら
母の肌で温めてあげよう
お前のトゲにひっかかって
タラ タラ 落ちる赤い血で
母の一念の花を咲かせよう
言ってください
死よ
あなたに人の世の母の慟哭が聞こえるならば
私の所へあの子をかえして下さい
この体温で青ざめはてた
あの子をあたためてやります
吹き泉の中の花の生涯
たとい苦悩と貧乏と不幸と病魔に満ちていようとも
きのこのような乳首を
あの子は指先にまさぐって
母の中で育っていくでしょう
死よ
あなたが連れ去った
私の子どもは何処にいるのです
教えて下さい
話して下さい


「子どもたちよ」


子どもたちよ

あなたは知っているでしょう

正義ということを

正義とは 

つるぎをぬくことでないことを

正義とは 

あいだということを

あなたたち

みんな母さんの子だから

正義とは 

母さんを悲しまさないことだということを

子どもたちよ

あなたは知っているでしょう