加藤直樹『九月、東京の路上で -1923年関東大震災・ジェノサイドの残響』を読んで

加藤直樹『九月、東京の路上で -1923年関東大震災・ジェノサイドの残響』(ころから、2014年)を読み終わった。

関東大震災の時に行われた、いわゆる朝鮮人虐殺について書かれた本である。

 

読みながら、ただただ、ひどい、としか言いようがなかった。

 

この本では、さまざまな証言を記録や書物の中から紹介し、かつその虐殺の現場となった場所を実際に訪れながら、関東大震災の直後に、内務省や警察によって追認された怪情報を信じこんだ自警団の人々や、あるいは警察や軍隊によって、多くの朝鮮人および中国人、日本人(主に社会主義者)が殺害された様子が描かれている。

それらの具体的な記述に、本当にあった出来事なのだと、あらためて暗澹たる思いになった。

具体的な名前があげられ、どういう死に方をしたか、また後年その殺害を証言した人の名前なども、わかっている場合には、具体的に記述されている事例もあった。

 

なぜこのようなひどい出来事が起こったのだろうか。

本書では、背景として、1910年の日韓併合の後、東京で急速に低賃金の朝鮮人労働者が増えたこと、および1919年に起こった三一独立運動の後にメディアによる朝鮮に対する悪意や敵意の増幅があったことを指摘する。

また、それだけにとどまらない、弱い者いじめと言うべきか、非常時の鬱憤晴らしと言うべきか、人間の暗部の存在も暗示している。

 

同様のマイノリティに対する暴力や殺害の事態は、本書が指摘するように、2005年のハリケーンによる被災直後のアメリカ・ニューオリンズでも起こった。

潜在的には、本書が繰り返し警鐘を発しているように、ヘイトスピーチが2012年以降蔓延する日本でもいつ起こるかわからないことだと思う。

本書では言及されないが、ヨーロッパにおけるユダヤ人差別やポグロムでも、繰り返し同様のことが行われてきた。

 

一方で、本書は人間に絶望させられるだけではない、わずかだが、希望を与えられる事例もいくつか示されている。

関東大震災時に虐殺された朝鮮人としては珍しくきちんとした墓がつくられ、名前や出身地がわかるアメ売りの具学永の墓を建てたのは、宮澤菊次郎という、おそらくは視覚障害者だったと推測されるあん摩師の人物だった。

また、千葉の丸山というところの徳田安蔵という人は、近所の朝鮮人二人の命をなんとしても助けねばならぬと近隣の人を説得し、他村の自警団が大勢やってくるのに対抗し、命がけでその二人の命を守り抜いたという。

 

また、栃木の小山駅では、下車する避難民から朝鮮人を探し出して制裁を加えようと、三千人の群衆が殺気立っていたのを、大島貞子という当時四十一歳の女性が一人、群衆の前に手を広げて立ちはだかり、「こういうことはいけません」「あなた、井戸に毒を入れたところを見たのですか」と問いただし、虐殺を防いだそうである。

その女性が大島貞子という人だったことは、ずっと後に、大島氏が亡くなった後に、調査でわかったそうである。

大島貞子は熱心なクリスチャンだったそうである。

 

また、この本には出てこないが、内村鑑三の弟子の蒲池信という人物も、震災直後に朝鮮人が自警団の人々によってリンチを受けているところに出くわし、やめさせようとして自分自身もリンチを受けたそうである。

 

こうしたごくわずかな人々、そして後世であっても、地道に証言を集めて、歴史に記録をとどめようとした人々は、必ずしも人間が絶望だけに値するものではないことを教えてくれる、かすかなともしびのようにも思える。

 

本書で著者は、その他にも朝鮮人をかくまったり助けた日本人の存在を複数指摘しながら、その多くの事例において、それらの助けた朝鮮人たちと具体的な日常生活における接点や関りがあったことを指摘している。

一方で、虐殺に走った人々は、具体的な関係を持たず、「不逞鮮人」などのレッテルや記号だけを貼って、相手を非人間化した人々だったことを指摘している。

具体的な個人と個人と共感の関係を持つか、それらを持たずに相手を非人間化してしまうのか。

そこに、人間がまともでありうる場合と、まともさを失う場合との、分かれ目が出てくるということを、本書を読んであらためて考えさせられた。

 

それと、本書を読みながら、なんともひどいと思ったことは、中国人労働者がおそらくは七百名ほど、関東大震災直後に虐殺されていたということで、特に王希天という留学生のことは、なんとも気の毒に思えてならなかった。

1923年のこの時に、すでにのちの戦争の時代に荒れ狂ったような朝鮮や中国に対する暴力や差別がすでに日本には荒れ狂っていたのであり、1945年に一度日本が滅びに至る道筋の原因となる罪はすでに出そろっていたのだと、読みながら思えた。

 

多くのことを考えさせられる、貴重な一冊と思う。

 

 

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なお、同書の内容は、以下のブログでも読める模様。

http://tokyo1923-2013.blogspot.com/