2020年の8月15日に思ったこと

今日は8月15日。

戦後75年の節目で、戦後50年から四半世紀も経ったことを思うと、ある種の感慨があった。

 

戦後50年の時、私は高校生で、それなりに一応真面目だったのか、岩波文庫の『きけわだつみのこえ』や、色川大吉などの昭和史の本を随分と真剣に読んだりしていた。

そして、戦後50年の節目ということで、当時はかなり多くの戦争体験の記憶の継承の努力や、敗戦とは何だったのか、戦争や平和とは何だったのかについて、真摯な問いや、いろんな特集の番組があったように記憶する。

そのことを思い出した。

 

その時と比べると、75年というのはやや中途半端な数字だからではあるからなのかもしれないものの、今年は民放などではほとんど戦争関連の番組はないし、NHKもかつてに比べて随分減ったような気もする。

全体として、戦争の記憶の風化と、戦後の日本の平和国家や戦争の惨禍を繰り返さないといった理念の蒸発や、漠然とした虚無や忘却が、この四半世紀で随分と進行したような気がした。

 

これはただ単に、私が高校生の時から四半世紀経って年をとって、万事にいいかげんになったことを投影しているだけかもしれない。

だが、必ずしもそうというだけでもないと思う。

 

というのは、戦後50年の時の村山首相の演説と、今日の安倍首相の演説では、その真摯さと空虚さが、あまりにも対照的に思えてならないからである。

やはり戦後50年の時の村山首相の言葉と、広島と長崎で同じ原稿を使いまわし、75年の節目の8月15日の追悼式典でもなんら心に響かない言葉しか述べない今の人の言葉とは、かなり違うと、今村山談話を読み返しても思わざるを得ない気がする。

村山談話 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

 

その違いはただ単に、その時の首相の個性というだけの話ではなく、時代や社会の声の集約という面もあるのではないかと思う。

この四半世紀の間に、日本は、戦後の出発点の理念というものへの真摯さを失い、虚無や冷笑や空虚さというものが、じわじわと確実に広がったのではないか。

それがこの四半世紀の歴史というものだったのではないか。

どうもそういう気がするのである。

 

もちろん、これは人によって違う印象や考えもあるかもしれない。

25年前と今と、さして変わらないという人もいるかもしれないし、今も真摯に記憶の継承や憲法の理念の実現化に努めている人もいるのかもしれない。

ただ、自分としては、この虚しさとどう付き合っていくかが、わりと大きな課題のように思われた。

 

もちろん、四半世紀経てば、二十五年前には生きていたお年寄りがだいぶ亡くなったり、いろんな思いや記憶が風化していくのはいたしかたないことで、変わるのは当たり前のことなのかもしれない。

それに、民主主義や平和主義や基本的人権の尊重という憲法の理念も、ますます時の移ろいの中で陳腐になり色あせていっただけなのかもしれない。

 

しかしながら、どうも私には、戦争の記憶の風化や忘却ということは何か大切なものをなくしてしまうことで、それらの生々しい記憶があった頃に熱烈に持たれた民主主義や平和主義の理念といったものが、それらがどんなに陳腐だと言われようと、何かしら忘れてはならない大切なものを含んでいるような気がしてならないのである。

それで、なんだか昨今の時勢や時代の雰囲気に、なんとも違和感を抱かざるを得ず、澱のように違和感やむなしさが心に堆積していっているのだけれど、あとさらに四半世紀経って、戦後100年になった時に、もし自分の命がまだあれば、少なくとも、忘却や虚無の側ではなく、記憶の継承や記憶に裏打ちされた願いや思いを忘れない側に立ち続けたいように思う。