- 作者: 小林よしのり
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2008/06/23
- メディア: 単行本
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ある友人に勧められて読み始めたのだが、
漫画とはいえ、相当なボリューム。
漫画と漫画の合間にはかなり長い文章も入る。
簡単に読破できるというものではない。
なかなか、読み応えがあった。
この本のテーマは、東京裁判における「パール判決」、つまりインド出身のパール判事が東京裁判で示した見解についてのもの。
中島岳志の著作「パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義」(白水社)という本への批判がテーマで、執筆のきっかけとなったものだそうだ。
その批判の是非や、パール判決書への小林の解釈はとりあえず置くとして、
今回、この本を読んでいて、あらためて感じたことは、パール判事は本当に日本人にとって大恩人だということだ。
パール判事が、日本に再度訪れた時にわざわざBC級戦犯の人々を獄舎のひとつひとつを訪れて慰めたことや、東京裁判中に妻が重病になり、いったんは辞職して国に帰ろうとした時に、妻が「あなた自身と日本人のために帰るべきだ」と言ってまた職務に戻らせ、裁判が終わって間も無くその妻は病気で亡くなったというエピソードなどは、本当に胸打たれる。
小林が言うように、パール判事は日本の最大の恩人であり、子々孫々その恩義を忘れてはならぬ人物だろう。
小林よしのりは、その扇情的な書き方や、戦後の日本のあり方への異議申し立てによって、一部の人からは大変憎悪されているようだが、イラク戦争に断固反対したような部分もあり、偏見を持たずにこの本を読んだ上で、なおかつ他の資料も読んで、とるべきところはとればいいのではないかと思う。
なかなか面白い本だった。
ただ、上記の作業をする前に、簡単に小林よしのりの論述の仕方について、とても気になるというか、かなり不当と思えることはひとつだけ指摘できると思う。
それは、この本の本論ではないのだけれど、ガンジーの非暴力主義と戦後日本の平和主義を比較して、前者が命がけなものだったのに対し、後者は日米安保条約の上にあぐらをかいた甘ったれた欺瞞的な平和であり、ぜんぜん覚悟や重みの違うものだとし、その上で、そのことを「左翼」や「薄らサヨク」のせいだとしていることである。
私は、ガンジーの非暴力主義が命がけだったのに対し、戦後日本が安保の上にあぐらをかいた欺瞞的な平和だったということについては、おおむね小林の言うとおりだと思う。
しかし、戦後の左派は、社会党にしろ共産党にしろ全共闘にしろ、どれも安保廃止を訴えていたわけであり、安保条約の上にあぐらをかいて単なる生命尊重主義のなんの理念もない堕落した有様に日本を置いてきたのは、自民党であり、自民党を支持した「薄らウヨク」たちだったと思う(断固自民党に闘いを挑んだ野村秋介のような真の右翼はもちろん例外)。
その点、小林の批判は完全に片手落ちであり、もし生命至上主義や、安保の上の欺瞞の平和を批判するならば、「左翼」や「薄らサヨク」批判よりも、よほど「薄らウヨク」や「右翼」をこそ批判すべきではないかと思う。
かなり筋違いと思う。
たしかに、のちの社会党はどこまで自分の主張に命をかけていたのか疑問であり、自民党と地下茎ではつながっていたとよく言われるけれど、全共闘などはそれこそ命を賭けて多大な犠牲と不利益を覚悟した上で安保粉砕に立ち上がっていたわけで、それらに対する侮辱や無視は、歴史認識の問題としても道義の問題としても致命的な錯誤と言えると思う。
ベトナム反戦の市民運動においても、由比忠之進さんのように焼身自殺して政府に抗議した人もいたのだから。
つい最近でも、檜森孝雄さんがイスラエルに抗議するために焼身自殺している。
というわけで、小林よしのりの左翼批判というのは、あまりにも粗雑で、戦後の歴史がいまいちわかっていないのではないかと思われる部分もある。
小林よしのりファンの若者が、無批判に小林の本を受容するとすれば、そうしたことについて、若干の危惧もある。
ただ、小林のパール判事についての記述は、きわめて真摯でとても熱意がこもっていて、心打たれる部分も多かった。
この本で、あらためてパール判事への関心や記憶が日本人の間に呼び覚まされるならば、それはとても良いことで、ありがたいことだと思う。