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聖書によれば、紀元前701年にアッシリアの大軍がエルサレムを包囲したが、天使がアッシリアの大軍を撃滅して、エルサレムは奇跡的に助かったと記されている。
(列王記下19:35および歴代誌下32:21参照。)

おとぎ話のような話であるが、当時の中東のほとんどはアッシリア帝国に占領されたのに対し、なぜかエルサレムだけは免れたのは史実である。

紀元前701年の戦役のことは、アッシリアの記録にあり、ラキシュなどを陥落させたことが記されている。
ただし、アッシリア軍がなぜエルサレムを陥落させずに撤退させたかはアッシリア側の碑文には残されておらず、損害についての記録もない。

聖書以外には、特にアッシリアの大軍が、なんらかの理由により大きな打撃を受けたという記録は、ないものだとてっきり思いこんでいた。

ところが、なんとヘロドトスに全く符号する箇所があり、驚いた。

ヘロドトスの『歴史』の巻二の141節、岩波文庫版だと上巻の252頁にその記述がある。

それによれば、アッシリア王サナカボリスがエジプトを攻撃しようと軍を進めてきて、エジプト王が必死に神に祈ると、必ず助けるので安心して勇気をもって反撃せよという神託が下り、寄せ集めの軍隊でエジプト王がアッシリア軍を迎え撃つために出撃していくと、ネズミの大軍がアッシリア軍の陣地を攻撃し、アッシリア軍は壊滅し撤退していったということ。
および、それ以来エジプトではネズミを神として祀った、ということが記されている。

サナカボリスというのは、聖書に出てくるセンナケリブ、つまりシン・アヘ・エリバのことであることは間違いない。
どうやら、ネズミがコレラかペストをアッシリア軍に蔓延させ、それでアッシリア軍は、エルサレムを陥落させる前に、またエジプトと決戦する前に、撤退していったようである。

そういえば、アッシリアは世界史上はじめて靴を軍隊に装備させ、長距離の移動を可能にさせていたという。
また、兵站がきちんと行き届いており、携帯食も充実していたという。
革靴や兵糧や携帯食を狙って、飢えたネズミが大移動し、それが疫病を蔓延させたのだろうか。

いったい、このネズミによる疫病が原因と思われるアッシリア軍の壊滅が、聖書が言うようにヤハウェの意志だったのか、エジプト人が思ったようにエジプトの神の意志だったのか、あるいは偶然だったのか、それは人によってさまざまな受け止め方があるのだろう。
しかし、もしこの時にエルサレムが陥落していれば、一神教も聖書も消滅し、したがってその後のユダヤ教のみならずキリスト教イスラム教も歴史上には存在しなかったのかもしれない。

聖書とヘロドトスが記している以上、そしてアッシリア側は被害については沈黙しているがエルサレムが陥落していないことはアッシリアの記録からもうかがわれる以上、上記のことは本当にあった出来事なのだろう。

ちなみに、私が気付いていなかっただけで、岩波文庫版のヘロドトスの歴史の上記箇所の脚注には、きちんと聖書の列王記の当該箇所を参照すべき旨の記述があった。
ヘロドトスを読んだ時は、あんまり脚注を気にせずに読んでいたけれど、逐一脚注を当たって行ったら、案外面白い発見がまだまだあるのかもなぁ。