賢者アヒカルのことば

古代アッシリアの格言集に「賢者アヒカルの言葉」というのがある。
アッシリアセンナケリブ王やエサルハドン王に仕えた顧問官だった人物である。

格言集の冒頭には、そうした王たちに仕えて位人臣を極めたアヒカルが、子どもがいなかったので甥を養子に迎え、自分の顧問官の地位を甥に譲り引退したところ、なんとその甥がアヒカルを王に讒言し告発した、というエピソードが描かれる。
王の命令でアヒカルを殺しに来た大臣に対し、アヒカルはかつてその大臣が先代の王の不興を買って死刑を命じられたところ、自宅にかくまって王の怒りが鎮まったあとでとりなし、助けたことを思い出させ、自分を助けてくれるように頼む。
大臣はかつての恩義を思いだし、山中で身代わりの奴隷を殺害し(それはそれでけっこうひどい話だが)、目付にはその死体を見せて、アヒカルをかくまう。
やがて、王の怒りが鎮まり、アヒカルの助言があったならばと言い出した時に、実はアヒカルは生きていると告げると、王は喜び、アヒカルは復権した。
というところで、粘土板が欠損していて、続きはいきなり格言集で始まる。(甥がどうなったかは若干気になるところである。)

で、このアヒカルの格言、なんと聖書の箴言と同じ内容の格言が多々含まれている。
聖書の箴言は、このアヒカルの格言などのメソポタミアの格言集、およびエジプトの格言集をかなり取り入れて、そのうえで成立しているらしい。
いわば、聖書の箴言は、古代オリエント世界の知恵の結晶とも言える。
もちろん、アヒカルの格言に含まれていない素晴らしい言葉が聖書の箴言には多々あるのだけど、聖書の箴言には含まれていないアヒカルの格言集にのみあるすばらしい言葉もある。
たとえば、

「口の教えは戦争の教えにまさる」

「誰もその名を知らぬような星が天にはたくさんある。同様に、誰も人類すべてのことを知っていはしないものだ。」

など、本当に貴重な知恵の言葉と思う。
他にも、借金はするなだとか、警戒を怠るな、などの現代人にも通じる格言も多い。

アヒカルは、紀元前700年頃の人物で、いわば顧問官の政治学の元祖みたいなものかもしれない。
遠い昔の人物の言葉がこうやって残っているというのは、なかなか面白いことである。


ちなみに、ネット上に、アヒカルの格言をまとめたサイトが検索したら見つかった。便利な世の中である。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/cicada/ahikar.html