2014 カティナ衣法要

先日、広島の慈しみ寺でカティナ衣法要があったので行ってきた。
とても素晴らしい法要だった。


カティナ衣法要というのは、スリランカミャンマー・タイ・カンボジアなどの上座部仏教の国で行われる法要で、仏陀の頃から続く行事である。
僧侶の着る袈裟の衣をお布施する儀式で、スリランカでは一晩かけて夜通しで袈裟をみんなで縫い上げることになっている。
私も一昨日から昨日は徹夜で、あんまり私は役には立たなかったのだけれど、ちょっとだけ一部の布の寸法をはかって裁断したり、ほんのちょっとだけ縫うところもさせてもらったりして、なかなか楽しかった。


今回はスリランカの僧侶の方が四人おられて、デニヤーイェ長老には半年ぶりに、マヒンダ大長老には一年ぶりに御挨拶できて、本当に良かった。
あと、今回はじめてお会いした一人の僧侶の方は、ケラニヤ寺院の僧侶の方はみんなそうだけれど、本当に賢くて叡智と慈悲に溢れた眼と御顔で深い感銘。
もう一人の僧侶の方は、いま十七歳だそうで、まだかわいくて、これからが楽しみな感じだった。


支部経典に出てくる「ナータカラナー」というパーリ語の単語の意味がいまいちよくわからず、訳だと”refuge”とか「救護事」とか訳されているけれど文脈で見るとさっぱり意味が通じないので、ちょっとした合間にデニヤーイェ長老に尋ねてみたら、「自分にとって大切な力を生じさせるもの」という意味だとのことで、それだとあらゆる文脈で最も適切に意味が通るので、すっかり解決。


道中、MさんやOさんたちのいろんな面白い話をいっぱい聞けて楽しかった。
カティナの作業中もいろんな人の面白い話を聞けて、特に大阪からやってきたFさんという方の話もとても面白かった。


Tさんの御父さんが十月の初めに亡くなられたので、デニヤーイェ長老にそのことを伝えて御願いしたら、一昨日の夜にTさんのために供養の儀式をしてくださった。
MさんやOさんや私やうちの母も側で参加させてもらったけれど、本当に慈悲の心の伝わるありがたいお経だった。


夜通し袈裟を縫った後(私はほとんどは人と話してばかりであまりたいしたことはしていなかったのだけれど)、作業場所から慈しみ寺まで袈裟やお布施の料理を運んで、早朝の法要があった。
どういうわけか、袈裟の衣をマヒンダ大長老にお布施で御捧げする役回りになり、びっくりしたけれど、本当にありがたいことだった。


法要のあと、スリランカ人のコックさんとお嫁さんのいま妊娠している日本人の国際結婚の夫婦が、おとといの朝からつくってくれていたいろんな種類のカレーと、デニヤーイェ長老のいとこにあたるPさんのスリランカ人の御夫婦がつくってくれたカレーのおごちそうにあずかった。
去年もとてもおいしかったが、今年も本当においしくて、徹夜の疲れが本当吹き飛んですっかり元気になった。


それから、来年の秋頃に移転する予定の広島市内の山の上にある新しい精舎を建てる予定地にみんなで移動して、そこに礎石を据える作業を行った。
夏の間にSさんやTY先生らが草を刈ったり大変な思いで整地してくださっていたそうで、なかなか良い場所で、一望のもとに広島の市内も見渡せる良い場所だった。
Mさんが、近くに見える小さな山二つに、マウンテン・メッター(慈しみ山)とマウンテン・カルナー(哀れみ山)と勝手に名づけていたのが面白かった。
礎石を据える法要も面白くて、仏様の絵が描かれた幟を何箇所か周囲に立てて、そのあと四人の僧侶の方がお経をあげて、一人一人私たちも丸い石をもってあらかじめあけてあった穴に石を据えて、そのあと埋めた。
始まる前にシャベルで穴を掘ったり、石を運んだり、分かる部分のパーリ語のお経を唱和するので頭がいっぱいで私は気付かなかったけれど、あとからTさんが言うには、小鳥が何羽も上の木々のところに法要の間に集まって来てうれしそうに囀っていたそうである。


いかなる仏縁あってか、このような時と場所に連なることができて、本当に自分は恵まれているとつくづく感謝。


ラニヤ寺院に九月に安倍首相が来た時は、デニヤーイェ長老が案内し、マヒンダ大長老が祝福したそうで、その時の写真も見た。
デニヤーイェ長老に安倍さんについてどうだったか尋ねたら、とても礼儀正しい人でした、とおっしゃっていた。
よくやってくる来賓は、靴を脱ぐのを理解させるのが難しかったり、服装も配慮があんまりなされない場合があるのが、安倍さんの場合は、事前にきちんと問い合わせがあり、ちゃんと細心の注意を払って服装や儀礼をきちんと行っていたそうである。


TY先生たちから、私がやる予定で中断しているラーフラ長老の本の日本語訳をぜひ進めるように促しがあったので、なんとか時間を見つけてがんばって成しとげないとなぁとあらためて思った。


一昨日の慈悲の瞑想の時に、デニヤーイェ長老が、人間は自分が慣れている形で生きていて、生きるとは慣れることだけれど、人間は努力をすればその慣れの形(サンカーラ)を変えることができる、瞑想や学習や布施や持戒などの努力で、良いサンカーラをつくっていくことが、人生を有効に意義深いものにすることである、という内容のことを少し御話されていたけれど、本当にあらためてそう思った。
どうもこの頃さぼりがちだったけれど、また瞑想や仏典の勉強や翻訳もちょっとずつ努力しよう。


良い二日日間だった。






二〇一四年広島・慈しみ寺「カティナ衣法要 マヒンダ・バンテーの御法話


(カティナ衣法要において、マヒンダ・バンテーがシンハラ語で御法話を行い、パンニャーローカ・バンテーが日本語に翻訳してくださいました。タイピングに際し、多少語句や文章の異同があると思いますが、ご容赦ください。)


おはようございます。
今日は、皆様方が、仏陀釈尊が教えてくださったとても大切な功徳の行事をなさって、そしてその行事の終りに近づく時間になってきました。


初期仏教の世界にはいろんな習慣がありますが、その中でも最も古い一つである功徳の行事、戒律に定められている行事の中に、このカティナのプージャー(供養)があります。


昔インドでは、仏教だけでなくて、他の宗教の修行者も、この雨安居を、雨が多く降る時期に一箇所に集まって修行することを、大切にしておりました。


それぞれの教えによって、その修行者の方々が、三カ月であったり、あるいは二カ月であったり、もしくは一カ月であったり、自分の修行を行ってきたという記録があります。


比丘教団(仏弟子の集団)が小さかった初めの頃は、実はこの雨安居を戒律として定めていなかったのですが、あとで比丘教団が大きくなってきますと、当時のインドの多くの考え方で大事にされていた雨安居の過ごし方に合わせて、仏陀釈尊は雨安居を比丘の方々も比丘尼の方々も、この雨安居を自分の修行として大事にするべきだという戒律のルールを定めてくださいました。

それから、仏陀釈尊が生きておられた当時から、自分の修行を大事にする時間として雨安居の時期を過すことは、仏教の中での最も古い伝統となってきました。


さまざまな宗教が雨安居を行っていたわけですが、その中でも仏教では、雨安居の中で、自分を支えてくれている皆様方にも参加していただき、皆様方の功徳の力を高めるとても大切な行事として、皆様方に参加していただくようにしています。
支えてくださる多くの皆さまが参加する形でカティナ衣法要を行うことを、当時、比丘の方々にも、在家の方々にも、仏陀釈尊は教えてくださいました。

このように、カティナ衣法要は、仏陀釈尊が当時おられた時から、その戒律の指導に従ってそのまま伝統的に行ってきたことの一つとして、また仏教で教えられている八つの偉大な布施の中で最高のものとして、仏教の世界では、とても大切な功徳の行事、布施の行事として伝統として行われてきました。


功徳というものは、つまり良いカルマの力というものは、清らかなカルマの力というものは、私たち誰にとっても大切なものであり、誰にとっても自分を支えてくれる最も大切な力となります。
功徳(プンニャ)は、人間が人生の中でとても大切にすべき四つのことの一つとして考えるべきだと仏陀釈尊は教えてくださっています。


仏陀釈尊が生きておられた当時、コーサラー国の国王がお昼の食事の後に仏陀釈尊にお会いすることがありました。
毎日のようにあったそのある日のこと、王が仏陀釈尊に会いに来てこんな話をしたことがありました。


その時、仏陀釈尊は、いま王様はどこからどのようにしてここに来られたのですか?と尋ねられました。

その時、それに答えて、コーサラー国王は、私はとても忙しく、朝から晩までいろんな用事があって忙しい、この大きな広い国を守らなければなりません、今日も朝から忙しい仕事を終えてやって来ました、と言いました。


その時、仏陀釈尊は、次のことについて、どう思われますか?と質問されました。


たとえば、ある日、北の方にいるあなたの家来から、北の方にある大きな山のような岩が、こちらに向かっている、その大きな山のような岩が、すべてのものを破壊しながらこちらに向かっている、山や町や家や人やあらゆるものを破壊しながら近づいている、という報告があったら、あなたはどうしますか?
また、東にいるあなたの家臣も、東から大きな山のような岩がすべてを破壊しながら、向かっているという報告をしてきたら、さらには、南と西からも同じような報告が来たら、こんな恐ろしい状況の中で、あなたはどうしますか?


コーサラー国王は、それに答えて、
そんな大災害の時は、他にできることやなすべきことは、何もないです、
その時、私たちは、もしも次に生まれ変わるならば、輪廻の続きの部分を考えて、その準備として、良い力やすぐれた力や清らかな力を自分の中で高めることができるように、そのように心を育てることについて考えることしかもはや何もないです、と答えました。


その時、仏陀釈尊は、
王様よ、実は、私たちには目に見えないけれど、同じような山のような岩が私たちに向かってきています、とおっしゃいました。
その山のような大きな岩が、私たちの人生を、人生の残りの時間を、少しずつ破壊しています、と。
老・病・死が一瞬間一瞬間近づいている、
その山のような岩が四方から近づいている時に、私たちがなすべきことは、何か。それは、
清らかな心で過ごすこと、
落ち着いた心で過ごすこと、
功徳の行事を行うこと、
瞑想で心を育てること、
の四つだと、仏陀釈尊はコーサラー国王に教えてくださいました。


さらに仏陀釈尊はおっしゃいました。
同じように、王よ、日ごろは気づいていないけれど、実は、この生きている一瞬間一瞬間、今世は、壊れて変化していくことになっています、
それが事実です、現実はそうですから、どれほど忙しくても、どれぐらい忙しい日常があっても、
落ち着いた心を育てること、
功徳を高めること、
ダンマ(真理、法)に従って生きる準備と努力をすること、
瞑想に努力すること、
を忙しい毎日の中でも努力すべきであり、もしそれがなかったら、私たちが本当に持って行けるものは何一つとしてないのだから、どれほど忙しくても功徳というものを私たちはとても大切に考えるべきである、と仏陀釈尊はその王様に教えてくださいました。


皆様は、このお寺が始まってから、毎年、何かの進歩がいつもあり、何かを育てた部分があると思います。
毎日でなくても、自分ができる時にこのお寺に集まって、たとえ一年に一度であっても、遠いところから集まってくる方もおられると思います。
皆様が、ダンマを自分の生活の一部にし、
落ち着いた心を育てる努力をすること、
功徳の行事を行うこと、
瞑想の努力をすること、
ダンマ(真理、仏の教え)に基づいた生活をすること、
という四つのことを、このお寺に集まったりしながら、今まで皆様大事にしてきたと思います。
そして、今回も、この三回目も、とても大切にこのカティナの法要をここで行いました。
ですので、本当に、ダンマに出会い、ダンマの生活をし、今世だけでなく、来世も、この輪廻の中で自分が持って行くことができる大きな功徳の力を、育てた時間を今この時に過ごしたという事を、皆様が心の中に喜びとして生じさせて良い時間になったと思います。

すべてのサンガを代表して、このとても大切な功徳の行事の終わりに、この清らかな功徳、この清らかな祝福の力で、この慈悲の力で、皆様がたの毎日の生活が成功できますように、皆様が毎日やっていることや力を入れているすべてのことが成功できますように、また皆様方がお元気でおられますように、お幸せでありますように、
これからも、
清らかな心を育てること、
功徳の力を高めること、
ダンマの生活に努力をすること、
瞑想に努力すること、
この四つの大切なことを大事にし、それに関連し、このお寺に来ることができる時に来て、そのような過ごし方をして、今回の人生で幸せでありますように、またお元気でありますように、落ち着いて穏やかな生活ができますように、そうして、欲望の力、怒りの力、無知の力がおさまり、功徳の力が高まり、悟りの光が現れますように、と、仏法僧とすべてのサンガを代表して、祝福をさせていただきます。


どうもありがとうございました。(以上)