シェインドリン 「物語ユダヤ人の歴史」

物語 ユダヤ人の歴史

物語 ユダヤ人の歴史


簡潔に三千年以上におよぶユダヤ人の歴史をまとめてあり、面白かった。


特に、中世におけるユダヤの世界中に離散したそれぞれの歴史は、あんまり詳しくは知らなかったので、とても興味深かった。


ディアスポラ、つまり祖国が滅びて各地に離散した後も、それぞれの土地で逞しく生き抜きつつも、さらにその地でまた迫害や弾圧に遭い、新たな土地への離散し、逃れていくユダヤの人々の歴史は、なんとも哀れであり、またどれほどかつらく悲しいことが多かったろうと思うのと同時に、それにもかかわらず逞しく生きて本当にすごいと感嘆させられた。


読んでいて、特に、十字軍がユダヤ人の集落を襲撃し、ドイツのライン地方やイギリスのヨークではユダヤ人が追い詰められて集団自殺をしたという箇所は、なんとも胸が詰まった。
エス自身は素晴らしいが、その後のキリスト教の歴史は悪魔かと思うことが多すぎる。


また、同書によれば、ビザンツ帝国やヨーロッパのキリスト教国より、中世の間は、よほどイスラムのスペインやオスマントルコの方がユダヤ人には寛容だったそうだ。
中世キリスト教ユダヤ人への陰湿ないじめは、読んでて本当腹が立った。
いったい、連中の言う愛って何だったんだろうとあらためて思う。


また、歴史は角度が違えばいろんな面が見えてくるもので、背教者ユリアヌスとして有名なローマ皇帝・ユリアヌスは、キリスト教を廃止しようとしたことで有名だが、ユダヤ教には寛容で、エルサレムの神殿再建とユダヤ人の故国への帰還まで約束していたらしい。
ユリアヌスが早死にしたため実現しなかったが、歴史というのは、ささいな要因で大きく変わることもあったのかもしれない。
ビザンツ帝国よりもササン朝ペルシアの方がユダヤ人には寛大だったので、ユダヤはペルシアを応援していた、というエピソードも興味深かった。
クロムウェルやナポレオンもわりとユダヤ人に寛容だったというエピソードも興味深かった。


アヴィニョンやサロニカのユダヤ人コミュニティの話も興味深かった。
ツファトという、神秘主義の町も、興味深く、調べてみたくなった。


ドナ・グラシア・ナシという、波瀾万丈の人生を生きて、大商人となり、トルコ皇帝の側近にまでなったユダヤ人女性の物語もとても興味深かった。
歴史ドラマにして欲しいものである。


それにしても、歴史をこの本で通観していて驚くのは、どこかの国が、ユダヤ人を追放したり激しく迫害すると、わりとその直後に国力の急激な衰退や破滅が生じていることである。
一方、ユダヤ人に寛容な国は、基本的に繁栄しているようである。
これがなぜなのかは、いくつか考えられる。
経済的・政治的にうまくいっているとわりと寛大で、それらがうまくいかなくなると偏狭になる傾向がどの社会にもあり、そのスケープゴートユダヤ人がなりやすいので、結果としてそう見えるということが一つ。
また、ユダヤ人の知識人や商人たちがその社会から流出すると、結果としてその社会が衰退し、流入すると繁栄する、ということが一つ。
三つ目は、もっと単純に、あんまりむごいことをすると、天罰が降りそそぐのではないかと、歴史を見ていて単純に思われた。


それまで繁栄してスペインがユダヤ人を追放した後には衰退したこと、16世紀末までは比較的寛容だったのにその後偏狭になったオスマン・トルコも急速に衰退したこと、ポグロムユダヤ人を虐殺したロシアは革命が起こって旧体制が破滅したこと、ユダヤ人を虐殺して回ったナチスも速やかに破滅したこと。
一方で、ユダヤ人を迎え入れたオランダ・イギリス・アメリカは急速に繁栄したことを思えば、この法則は大体妥当な気がする。


イギリスでは、1714年にはジョン・トーランドという思想家が無条件で市民権をユダヤ人に与えるべきだと主張したそうで、19世紀半ばにはロスチャイルド男爵が下院議員になるなど、わりとユダヤ人への待遇や寛容さが存在していたようである。


とはいえ、第一次大戦後は、イスラエル建国まで、現地のユダヤ人とイギリスは時に戦争状態になるぐらい対立した時期もあったそうだ。


長い歴史の中で、必死に生きてきたユダヤの人々は偉大だと思うし、また、ユダヤ人というのは、その国や社会の寛容の度合いのリトマス紙みたいなものだったのかもしれないと、この本を読んでつくづく思った。
これからの世界が、どの国の人々にとっても、ユダヤの人々にとっても、安全に自由に生きれる世の中であって欲しいと、長い歴史の中でのおびただしい犠牲者を思えば、ただただ願われる。