手島郁郎さんについて

最近、手島郁郎さんという方が書いた『マタイ伝講話』の第一巻と、『聖霊の愛』『日本民族と原始福音』という本を読んだ。


手島郁郎さんは、戦前・戦後において無教会主義の立場に立って、聖書を原文で読みつつ研究する「キリストの幕屋」という団体をつくった人物。
昭和四十八年に亡くなっているので、私が生れる前に亡くなっておられるのだけれど、名前だけは以前から聞いたことがあった。


というのは、私の亡くなった伯母の高校の同級生に手島郁郎の娘さんがいたそうで、伯母はその幕屋という団体の信者にはならなかったが、一度か二度誘われてその集会に行ったことがあったそうである。


また、熊本の路面電車に乗っていると、その「キリストの幕屋」という団体の建物が途中で見えて、質素なさほど大きくないつくりだけれど、何か独特なオーラを醸し出しているのを何度か見たことがある。


というわけで、その名前は私が小さい頃からかすかに聞いたことがあったのだけれど、なんだか熱烈なキリスト教の団体があるということしか知らず、さほど興味を持ったこともなかった。


最近、たまたま聖書の原文に興味を持って、ネットで検索してみたら、その幕屋のHPがひっかかって、それで見てみたら、非常に詳しくいろいろと書いてあり、興味深かった。


インターネット放送の無料の動画もいくつかアップしてあったが、どれもよくできた、興味深い内容だった。


ただし、ネットで検索するとカルト団体だという批判もあるらしい。
新しい教科書つくる会に積極的に関わっている極右団体という批判もあるらしい。


こりゃあ、ちょっと要注意で、かなり気をつけて検討した方が良さそうだと思い、上記の三冊の本を図書館から借りてきてじっくり読んでみた。
そうしたら、非常に興味深く、なるほどと思う内容だった。


時折いささか一見奇矯に聞こえる表現も無きにしも非ずだけれど、内容はいたって誠実で率直な内容で、私が読む限り別におかしなことを言っているわけではなく、むしろ宗教的な真理をよく述べた内容だったように思う。
世の中には、すごいキリスト者もいたものだと感心した。


私のように聖書の読みの浅い人間には、目からウロコなところも多々あった。


とはいえ、その手島郁郎さんの没後随分経つので、その幕屋という団体の今がどうなのかはよくわからない。
私のように仏教を深く愛好する人間は、偶像崇拝の異教徒ということで向こうも好まないかもしれない。


しかし、手島郁郎さんの本はもっと読んでみたいと思った。


そういえば、私が好きな詩人の坂村真民さんが、自分の出遇った最も偉大な本物の宗教家として、杉村春苔尼さんと山本空外さんと手島郁郎さんの三人の名前をあげていたのを読んだことがある。


杉村春苔尼さんは、世の中にはほとんど知られることなかったが、観音信仰の観音のような尼さんだったそうで、坂村真民さんに大きな影響を与えた方である。
山本空外さんは、浄土宗光明主義の念仏者にして哲学者で、私もその著作を何冊か読んだことがあるけれど、本当の念仏がどのようなものか、世界に冠たるものとしての法然上人の念仏を現代人にわかる哲学として示した希有な人物だ。


その二人と並べて坂村真民さんがその名を挙げているのだから、やはり手島郁郎さんという方は大した人物だったのだろう。


人生、生きていると、前々から名前を聞いたことがあっても聞き流していた人物の本を、だいぶ経ってからふと読むことがあったりして、不思議なもんだと思う。