ジュリアス・レスター 「私が売られた日」

私が売られた日

私が売られた日


南北戦争が起る少し前の頃。
ある南部の大農場の主人が、トランプの賭け事で借金を山のようにつくってしまい、その返済のために一挙に四百人以上の奴隷を売却することになった。
その時の、実際にあった出来事を元に描かれた作品である。


登場人物の何人かは実在の人間。
フィクションの登場人物もいるが、それらの人間像や物語は、当時のさまざまな記録を元に再構成されたものだそうだ。


ジュリアス・レスターは、『奴隷とは』や『あなたがもし奴隷だったら』などの、アメリカの奴隷制についての本をいくつも書いている歴史家でもあり、この作品は文学作品だけれど、どの登場人物にも深い人間像と背景が描きこまれていて、とてもリアルだった。


写真や単なる歴史記録からは伝わらない、当時の人間の生の心の動きや叫びや悲しみが伝わってくる気がした。


と同時に、この作品には、「地下鉄道」のヘンリーや、主人公のエマと深い心の結びつきを持った主人の娘のサラなど、立派な白人も出てくる。
それらの人々の存在や、主人公たちとそれらの人々との絆は、この作品を単に暗いだけではない、深い感動を与える作品にしている。


また、読んでいて、黒人奴隷でありながら奴隷制を支持してありがたがるサンプソンは、本当に気の毒な気がした。
この作品では、サンプソンの背景や思いについてもきちんと描かれている。
ある意味、最も気の毒な、奴隷制の被害者の一人なのかもしれない。
だが、サンプソンのような人々が、奴隷制を黒人の側から支える要因だったのも事実なのだろう。


ファニー・ケンブルが、のちに述べる、


「でもそんなみじめな気持ちになったのは、実現できなかったことばかり考えていたからなんですね。
ごくささいなことが、人の心に大きな影響を与えられることに気づいていなかったんです。
相手がだれであれ、ごくあたりまえの尊敬とその人を尊重する気持ち、自分もだれかにそうしてほしいと思う、そうした尊敬と尊重の気持ちで接するだけで、人はエマみたいにわたしを心の優しい人だと思ってくれるんですね。
とっても簡単なことなのに、それができる人はほんとに少ないように思えます。」
(210頁)


というセリフには、本当に胸がいっぱいになって、思わず涙が出てきた。


また、エマの、


「この世でいちばん大切なのは優しい心を持つことだよ。
だれかが苦しんでいるのを見て、もしおまえの心が痛んだら、それはね、おまえが優しい心を持っているってことなんだよ。」
(216頁)


というセリフも、この作品のさまざまな物語を踏まえて読む時に、涙なしには読めなかった。


本当に、ぜひ一度は読んで欲しい、すばらしい文学作品だったと思う。






「歴史とはいつ、どこでなにがおこったかを説明するだけのものではありません。
そこには歴史に翻弄され、わたしたちがぼんやりとしか知らない過酷な運命を生きざるをえなかった人々の心の軌跡もまた含まれるべきでしょう。
わたしにとってこの本は、みずからの物語を語りえなかった人々の無念を晴らそうとする、もう一つのこころみなのです。」
(著者あとがき)