イクイアーノ自伝 「アフリカ人、イクイアーノの生涯の興味深い物語」を読んで

[第5巻 マイノリティ]アフリカ人、イクイアーノの生涯の興味深い物語 (【英国十八世紀文学叢書】)

[第5巻 マイノリティ]アフリカ人、イクイアーノの生涯の興味深い物語 (【英国十八世紀文学叢書】)


イクイアーノは、十八世紀にアフリカで生まれ、奴隷にさせられ、その後、自分の力で自由を手にし、イギリスで奴隷貿易撤廃の運動を行った人物。
この本は、イクイアーノが自ら執筆した自伝である。


私がこの本を読むきっかけになったのは、去年の年末に、たまたまDVDで『アメイジング・グレイス』という映画を見たからだった。


その映画は、ウィルバーフォースというイギリスで奴隷貿易廃止を実現した貴族出身の政治家が主人公の実話。
その中に、イクイアーノという黒人の人物が出てきて、もともとはアフリカの王子だったが奴隷として誘拐されたことが語られ、自伝を出版し当時ベストセラーになり、奴隷貿易反対の機運を高めたことが描かれていた。


ウィルバーフォースが苦難の末に奴隷貿易廃止を実現する以前にイクイアーノは亡くなってしまうが、映画の中で仲間のクラークソンがイクイアーノの御墓の前で勝利を祝うシーンはじーんと来るものがあった。


それまで、そんな人物がいるなんて調べてみたら、なんとつい最近、その自伝の翻訳が出版されていたので、手にとって読み始めた。


読んでみた感想は、想像をはるかに超えてすごい本だった。


とても細部の描写が鮮明で、生き生きとしていて、わりと長い本なのだけれど、一気に読ませる力があった。


この本によれば、イクイアーノはアフリカのある部族の酋長の息子に生まれる。
何不自由なく幸福な少年時代を大切に育てられて過ごすが、ある時に妹と二人でいるところを、突然対立する他の部族に誘拐され、奴隷として売り払われる。
当初はアフリカの中で転売され、一時的に生き別れになった妹と再会したり、新しく主人になった同い年ぐらいの主人がとてもイクイアーノを気に入って兄弟のように待遇してくれることも描かれる。
しかし、運命は暗転し、イギリスの奴隷船に突然売り払われることになった。


悪臭と悲鳴声に満ちた奴隷貿易船の描写は、あまりのひどさに胸が詰まった。
イクイアーノは当初、アメリカに連れて行かれるが、そこでさらに転売され、イギリスの軍艦の奴隷になる。
そこで、同い年ぐらいの親切な白人の少年と友人になり、英語の読み書きも教わる。
しかし、その少年も間もなく病気で死んでしまう。
イクイアーノの主人の船長は、あまり親切でもないがそれほど白人の中では悪い人間ではなく、イクイアーノはせっせと働く。
ちょうど、イギリスとフランスとの間に七年戦争が起こり、イクイアーノはいくつもの戦場で大砲の飛び交う中働き、何度も九死に一生を得る。
少しずつお金も貯め、戦闘に従事した報奨金もあるので、このお金でやっと自由を買えるという寸前に来たところで、なんとその船長が、そのお金をすべて没収し、他の人にイクイアーノを売り渡す。


イクイアーノは今度は西インド諸島に連れて行かれ、そこでさまざまな困難や苦難を経るが、地道な努力とすぐれた才能が徐々に評価され、さらに転売された先の比較的親切な白人の主人が船の仕事の合間に商売を始めて良いと認めてくれたので、ほんのわずかな金額から始めて、こつこつと商売を繰り返し、やがて大きな成功を収めて、かなり大きな金額を貯金するに至った。
その間も、何度もひどい目にあい、物を売っても代金を支払わない白人や、さらに代金を請求すると暴力を振るってくる白人にひどい目にあいながら、イクイアーノはなおもこつこつと努力を続ける。


そして、ついに、自分のお金で自由を買戻し、自由の身となった。
それから、さらにいくつか困難を経て、イギリスにもどり、そこでアーヴィング博士という立派な科学者と一緒に北極探検に行ったり、西インド諸島で開拓をしたりしたが、そのあとに再び一人でイギリスにもどり、奴隷貿易廃止運動を行っていった。


イクイアーノは数知れぬ命の危険にさらされ、白人のリンチで重傷を負ったりしながら、いつも奇跡的に一命をとりとめた体験は、読みながら本当に数奇な人生だと思わざるを得なかった。
非常に不思議なことに、しばしば予知夢を見たことが書かれていて、イクイアーノの本を読んでいると、たしかに人知を超えた予知夢やはからいみたいなのがあるのかもしれないと思えた。


また、イクイアーノは、こうした体験から、キリスト教の神に深い関心を抱くようになり、さまざまな教会を訪れて話を聞いたり、自分で聖書をよく読んだりし、深い祈りや瞑想を行って、最終的には非常に不思議な霊的な体験をしたことが書かれている。


これほどひどい目にあいながら、「自分は格別に恵まれた人間だった」とイクイアーノは言い切る。
それはやっぱり、他の人間には到底わからない、深い信仰の体験があればこその境地だったのだろう。


この本を読んでいると、多くの白人の意地悪さと冷酷さには、ただただ唖然とせざるを得ない。
特に、アメリカの南部の白人のひどさは、ちょっと常識を絶する。


その一方で、白人の中にも親切な人や誠実な人がしばしばいたことも、しっかりこの本には描かれていた。


数奇なその生涯の体験として、また奴隷貿易七年戦争やさまざまな冒険の貴重な証言として、そして人間とは何か、信仰とは何かということについても、とても多くのことを教えられる、貴重な一冊だった。