猿谷要 「歴史物語 アフリカ系アメリカ人」

歴史物語 アフリカ系アメリカ人 (朝日選書)

歴史物語 アフリカ系アメリカ人 (朝日選書)



アフリカ系アメリカ人、つまりアメリカの黒人の歴史の本。
はじめて知るエピソードがたくさんあった。
あたかも大きな河の流れのような、歴史の大叙事詩を読んだ気がした。


大航海時代の始まりとともに、アフリカからは多くの人が奴隷として連れ去られ、新大陸でタバコや綿花の生産のために働かされた。


世界史の教科書では、大航海時代の先駆者として描かれるポルトガルエンリケ航海王子は、勝手にアフリカ大陸のかなりの部分をポルトガルの領土だとローマ教皇との間で取り決めて、そのうえ毎年アフリカに出かけては七百人もの黒人奴隷を連れて帰ったという。
その後、こうした奴隷の輸送は、ずっとエスカレートしていった。


十六世紀から十九世紀半ばのリンカーンによる奴隷制廃止までの間のおよそ三世紀半の間、どんなに少なく見積もっても千二百万人以上、おそらく三〜五千万人ぐらいの人が、アフリカから奴隷として新大陸に連れ去られたそうである。
そうした奴隷貿易三角貿易が、イギリスのリバプールに産業資本の蓄積をもたらし、産業革命のきっかけになったし、新大陸の白人には多くの富をもたらした。


黒人は抵抗せずにただ従ったわけではなく、アメリカがまだ独立していない、イギリスの植民地だった時代にも、1712年にはニューヨークで黒人による暴動が起ったり、1739年にはサウスカロライナでカトーという黒人がリーダーとなって反乱が起っているそうである。


やがて、アメリカの植民地において、主に白人を中心に、イギリスの支配に対して抵抗が始まり、独立戦争が起った。
その直接のきっかけとなった、1770年のボストン虐殺事件は、イギリスの軍隊が一般市民のデモに発砲した事件だったのだけれど、その時に市民の先頭にいて、最初の犠牲になったクリスパス・アタックスは混血の黒人だったそうである。
独立戦争には、五千人もの黒人が軍隊に参加して戦い、白人とともにアメリカの独立のために奮闘した。
しかし、独立後も、奴隷制は続き、かえって南部を中心に奴隷貿易はますます盛んになり、プランテーションのために過酷な奴隷労働が強いられるようになった。


そうした中、デンマーク・ヴェセイを中心に、大規模な何千人という黒人奴隷の反乱の計画があったが、未遂の段階で摘発される事件が1822年にあったそうである。
また、1831年にはナット・ターナーの反乱があった。
1859年には、ジョン・ブラウン(ブラウン自身は白人)による黒人解放のための武装蜂起があった。


十九世紀の前半に断続的にフロリダで行われたセミノール戦争では、インディアンと黒人がともに協力して、侵略してくる白人と闘ったそうである。
当時は、逃亡してきた黒人奴隷をインディアンがかくまうことが多かったそうだ。
セミノール戦争のリーダーだったオシオーラは、父はインディアンの酋長で、母は逃亡してきた元黒人奴隷だったそうである。
白人中心の歴史では見えてこない、いろんな歴史があるものだと、読みながら考えさせられた。


こうした、実際の武装蜂起以外にも、言葉によってなんとか奴隷制をなくそうとする取り組みもずっと行われ、アボリショニスト(奴隷制廃止論者)による活発な言論活動がずっと行われた。
彼らは、言論による闘いと同時に、南部の奴隷州から北部の自由州に「地下鉄道」と呼ばれる秘密のルートをつくり、多くの黒人奴隷の逃亡を援助した。
自分自身、元はその一人で、自由になってから多くの人々を逃がすために努力した人々も、フレデリック・ダグラスやハリエッド・タブマンのように数多くいた。


こうした努力の中、徐々に奴隷制をめぐって北部と南部の対立が深まり、南北戦争が勃発。
リンカーンが大統領として、幾多の困難を乗り越えて、奴隷解放を宣言する。


だが、そのあとが大変だったんだなぁ、とこの本を読んでいてつくづく思った。


奴隷の身分から解放されたものの、多くの黒人はほとんど何の財産もなければ、教育もなく、差別も依然として続いていた。
その中で、奴隷解放のあと、多くの黒人の間でとても教育熱が高まり、老人と子どもが席を並べて学校でアルファベットを学んだそうである。


しかし、貧困と差別は変わらなかった。
そもそも、南北戦争のあと、南部の大土地所有者から土地を没収し、黒人に分配するという計画もあったそうである。
北軍の指揮官で南部に侵攻したシャーマン将軍や、政治家のサディアス・スティーブンスはそのつもりだったそうだ。
しかし、リンカーンが暗殺され、アンドリュー・ジョンソンが大統領になり、その計画は頓挫し、結局元の南部の地主の所有権の保護だけが優先された。


リンカーンが南部で農地改革をやるつもりだったのかどうか、記録からはわからないそうである。
しかし、リンカーン奴隷解放の時も、わりと途中までは黙して語らず、時期を見て政策を実現していった。
ひょっとしたら、胸中には南部の農地改革のプランがあり、それを知った人々に消されたのかもしれないと、この本を読みながら考えさせられた。


リンカーンの後の大統領たちは、南部にあまりにも寛大な対応を行い、南北戦争の責任者だったはずの南部の指導者たちは、わりとすぐに許されて南部の政治の中心に復帰した。
そのため、相も変らぬ黒人への抑圧や差別は、法律上は一応奴隷制廃止で平等になったとはいえ、根深い形で再び形成されていったそうである。


アメリカの南部を見ていると、乏しい資源で無謀な戦争に突っ込み、敗戦後は多くの指導者が公職追放になるも短期間で復帰し、あまり価値観の反省もなく、かえってわが勝手な理屈を振り回し始め、排他的で偏狭な価値観を形成していった、という歴史がある。
日本にとってもあまり他人事ではないのかもしれないが、なんとも人間の世の中というのは、一朝一夕には良くならないものだと考えさせられる。


しかし、そうした南北戦争後の困難な時代においても、「今いる場所でバケツを投げ下ろして水を汲め」と主張するブッカー・ワシントンや、大著『黒人のたましい』を書いたデュボイスなどの指導者が、黒人の地位向上や解放のために努力したそうである。


そして、第一次大戦後は、ニューヨークのハーレムを中心に、黒人の文学や音楽でさまざまな才能が開花したそうだ。


だが、依然として差別と貧困と排除は続いていた。
そこに、1950〜60年代、キング牧師マルコムXという二人のすぐれたリーダーが現れ、公民権運動や黒人の権利への取り組みや意識革命は大きく進んだ。
この本は、このわりと現代に近い時代のこれらの動きもとてもわかりやすく生き生きと叙述していて、とても感動的だった。
読みながら、キング牧師について、本当に道徳の力と言葉の力だけで世の中を動かしたことに、あらためて深い感動を覚えた。
愛の言葉と心が、世の中を動かす力があることを身をもって立証したのだと思う。
しかし、それまでには本当に苦難の道のりだったし、公民権法が成立したあとも本当に大変だったと読んでいてよくわかった。
マルコムXも、本当に惜しい人物だったと読んでいて思われた。


この本には、多くの文学も紹介されていて、ホイッティアの詩や、マーク・トウェインの「地獄のペン」や、クロード・マッケイの詩集「ハーレム」や、ジェームズ・ボールドウィンの「次は火だ」や、グロウの「ハウランド家の人々」や、アレックス・ヘイリーの「ルーツ」なども、いつか読んでみたいと思った。


さまざまな方法により、長い歴史を通じて、黒人の人々が自らの自由と平等を求めて、多大な犠牲を払いながら努力してきた歴史は、本当に読みながら深い感動を覚えた。
著者が言うとおり、アメリカにおけるキング牧師らの黒人の自由や平等のための努力は、他の少数民族の権利のための闘いにも、とても大きな影響を与え、先駆となるものだったと思う。


アメリカと一口に言っても、今もって、ともすれば、白人中心に語られがちだし、そうした歴史しか知らない場合も多い。
私は恥ずかしながら、つい最近まで、黒人の歴史についてはほとんど何も詳しいことは知らなかった。
白人と黒人とネイティブ・アメリカン(インディアン)の三つの歴史は、どれもアメリカの歴史として重要で、本来は等しく同じウェイトで語られるべきものなのかもしれない。
その一つの壮大な物語をとてもわかりやすく書いているという点で、この本はとても貴重な本だと思う。