野田佳彦 「民主の敵」を読んで

民主の敵―政権交代に大義あり (新潮新書)

民主の敵―政権交代に大義あり (新潮新書)

野田さんが総理になる二年ほど前、民主党への政権交代がまだ実現する少し前の、2009年の七月に出された本。


野田さんは、総理の間は、随分と批判されていたし、叩かれていたけれど、私はわりと真面目な政治家だったと当時も思っていたし、今も思う。
というわけで、どんなことを考えている人だったのかもっと知りたいと思って、この本を読んでみた。


読んでみて思ったのは、やっぱり、地道でまじめだということだった。


野田さんのお父さんは普通の自衛官だったそうで、生活は決して裕福ではない、ごく普通の質素な家庭に育ったそうである。
しかし、自民党の政治家による汚職事件が頻発するのを学生の時に見ていて、政治のありかたに大きな疑問を持ったそうである。


ちょうどその頃、河野洋平さんをはじめとする自民党を離党した若手がつくった「新自由クラブ」という新しい政党が誕生した。
新自由クラブ」が政治の刷新を訴えているのに共鳴して、野田さんは大学生の頃、そのボランティアとして手伝いをしたそうだ。
しかし、「新自由クラブ」はすぐに解散することになり、河野さんたちがさっさと自民党に復党した姿を見て、とてもがっかりしたそうである。


それで、「非自民」の政治を自分が目指したいと考えるようになり、大学を卒業するころ、ちょうど松下幸之助さんが政治家を育てるための松下政経塾をつくったので、それに応募し、一期生となったそうだ。
それから、政治家をめざしてがんばったそうだが、なにせ、何のコネも知名度もお金もない。


それで、平日は毎朝地元の駅の前に立って、毎日一時間半〜三時間、街頭演説したそうだ。
はじめは誰も振り向きもしなかったのが、三カ月経ったあたりから聞いてくれる人が出始め、さらに三カ月経ってからいろいろと話しかけてくれる人も出たそうだ。
その時々の、いろんな問題について、突然質問されるのに、当意即妙に答える訓練も、この実地の経験で積んでいったそうである。
選挙に落選することも何度もありながら、そうやって地道に地元の有権者の人々と信頼関係を築いていったそうだ。
二十三年間、早朝街頭演説を土日を除く毎日続けているそうである。


そういったエピソードを読んでいると、いまは二世議員や三世議員、はたまた四世議員の世襲の政治家が多い中で、めずらしいタイプの政治家だと思った。


野田さんは、「五十五年体制とは政権交代がない議会制民主主義」と規定している。
そして、「権力は必ず腐敗する」と述べる。
だからこそ、定期的な政権交代が必要で、五〜八年に一度ぐらいは、政権交代が起きるべきだと述べている。


野田さんが言うには、自民党は本当は、宮澤首相の頃で賞味期限が切れていて、田中角栄型の土建政治の構造から脱却できていないという。
そのため、日本の政治の本当の転換ができず、膨大な財政赤字が増え、163もの特殊法人既得権益を吸い続ける構造になってしまった。


そうであるからこそ、政権交代が必要であり、実際に政権交代を行うことにより、土建への利益誘導の政治をやめ、特殊法人改革を行うべきだと主張している。


また、この本の中で、野田さんは、安全保障については、海外への自衛隊の派遣をそのつどの特措法によって決めるのではなく、きちんとした基本法をつくって対応すべきだと主張している。
さらに、国連至上主義ではなく、アメリカ・国連・アジアの三つの軸で考えるべきだと述べている。
日米同盟を堅持した上で、国連やアジアも重視すべきという考えで、「安易な反米というのは歴史を見ていない人の立場ではないかと考えます。」と述べている。


また、憲法についは、護憲か改憲かというより、明治の頃に多くの人が憲法の草案を自ら書いたように、みんなで憲法のありかたを考える姿勢の大切さを述べていた。


また、菅さんについて、野田さんと菅さんは政治的立場が違うと人からは思われるかもしれないが、「非自民」という重要な基礎部分で同じだし、細々したことは違っていても、スタンスが重なる部分もあると民主党で一緒にやるようになってからわかるようになったと述べている。


一般的には、野田さんは自分自身でそう述べるように「保守」の考えの政治家で、菅さんはリベラルということになるのだろうけれど、このように細かな違いではなく、共通のところをよく見て手をとりあう姿勢はとても良いと思った。
実際、民主党政権の間は、現実的なリベラルの菅さんと、穏健保守の野田さんが、ともに支え合う形だったと思う。


野田さんは、この本の中で、「政治なんか誰がやっても同じ」ということは決してないし、もうそういう時代ではなくなっているということを力説している。
かつては、たしかに経済や官僚や技術という柱がしっかりしていて、あまり政治がたいしたことがなくてもゆらがなかったのかもしれないが、他の柱がそれだけでは必ずしも日本を盤石には支えられなくなってきている。
だからこそ、政治が重要だという。


この本の末尾は、以下の言葉で締めくくられている。


「もしかすると、この数年、自公政権が成し遂げたことの一つは、そのような政治への無力感を醸成したことにあるのかもしれません。
高度成長が望めない現代において、その無力感は確実に国民の生活を蝕んでいきます。
これこそ、国民にとっての敵です。
それに打ち勝つには政権交代が最強の武器である。
そう私は思うのです。」


ここまで読んで、私は、そのとおりと思う部分と、若干疑問な点との両方を感じざるを得なかった。


たしかに、無力感が国民の生活を蝕んでいるというのは、そのとおりだと思う。


しかし、政権交代でその無力感は払拭されたのか。
むしろ、民主党になっても、あまり大して変わらなかったと多くの国民は感じ、かえって無力感を抱いているのではないか。


もし、そうではなく、変わった部分が多々あるならば、野田さんにはもっとわかりやすくはっきりと国民にその点を語りかけて欲しい。
たしかに、自殺者数は昨年、十五年ぶりに三万人以下となった。
また、倒産件数も大幅に減り、二十一年ぶりの低水準となった。
経済成長率もプラス成長であり、有効求人倍率も増えている。
本当は民主党政権にも良いところはあったのかもしれない。
では、なぜ、あまりそうは国民からは思われず、2012年の冬の選挙であれほど民主党はぼろ負けしたのか。


それを言うのはやや酷かもしれないが、あの時の総理であり、民主党の代表であった野田さんには、総理をやめた後も、だからこそ一層、地道に国民にわかりやすく政治について発信して欲しいと思った。


野田さんは、時代小説を読むのが趣味だそうで、山本周五郎藤沢周平司馬遼太郎が好きだそうだ。
私もその三人は好きなので、好感を持った。
これらの小説に出てくる昔の武士のように、決して他人の悪口を言わず、黙々と自分のなすべきことを担ってなしていこうとする野田さんの姿勢は、地味だけれど、私は好感を持っていた。
今後とも、どうかそのようであって欲しいと思った。


今だからこそ、この本が書かれた後、実際に民主党への政権交代で、何が実現したか、どの程度、政治の転換や特殊法人改革が進んだのか、具体的な進捗状況をわかりやすく、また野田さん自身に本に書いて欲しいと思う。