アメリカの黒人演説集―キング・マルコムX・モリスン他 (岩波文庫)
- 作者: 荒このみ
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/11/14
- メディア: 文庫
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この本には、アメリカの黒人の人々による、十九世紀初頭から二十一世紀のオバマさんまでの、二十一人の歴史的な演説が収録されている。
稀に見る読み応えのある演説集だった。
できれば、たとえば猿谷要の『歴史物語 アフリカ系アメリカ人』などの本を読んで、おおまかな歴史を知ってから、この演説集は読んだ方が良いと思う。
ある程度の歴史の背景知識があれば、それぞれの人物や歴史的な出来事の意味がわかり、その歴史的な節目節目に語られたこの演説の数々が、いかに深い思いから発せられた魂の叫びや心からの願いや思いだったかがわかり、どれも本当に心を揺り動かされるものがある。
白人による過酷な奴隷制と、南北戦争を通じてせっかくリンカーンによって奴隷制が廃止された後も、すぐにまた黒人差別やさまざまな排除が実質的に形成され、長い間苦しみ抑圧されてきたアメリカの黒人の人々。
彼らが自らの自由と権利を勝ち取るためには、いかに長い道のりがかかったか。
そして、その道のりにおいて、いかに知恵と言葉の限りを尽くして、論理と道理を尽して、言葉の力と道徳の力を通じて、世の中の意識を変えようと努めてきたか。
この一冊を読むと、本当にその一端に触れて、なんともその道のりの険しさと、それを自らの力で進んできた人々の心の強さと偉大さに胸打たれる。
たとえば、デイヴィッド・ウォーカーは、旧約聖書の中の、古代エジプトがユダヤ人を奴隷としていた箇所を縦横無尽に引用して、古代エジプトのユダヤ人への扱いの方がどれほど今のアメリカの黒人奴隷制より人間らしいまともなものだったかを痛烈に抉り出す。
フレデリック・ダグラスは圧倒的な迫力と情熱で、奴隷制度の非人間性を告発する。
ラングストンやレイピアは、法律の知識も縦横無尽に繰り出しながら、南北戦争から程ない時期に、公民権の問題を提起し、黒人に公民権が与えられるべきだと論じる。
ブッカー・ワシントンの「その場にバケツを下ろせ」の演説も感動的だった。
その他、トゥールースらの、時にユーモアも混ぜながらの、そしてゆるぎない信念の裏打ちのある言葉の数々も、心に残るものがあった。
にもかかわらず、公民権も認められず、実質的に社会から排除され、不平等の扱いを受け、投票権も南部では事実上認められない状態が、南北戦争の後も百年もの間続いていた。
KKKらによるリンチもひどいものだった。
ウェルズ・バーネットによる、KKKの暴力に対する告発と批判も、本当に勇気の要ることだったろうと、本当に胸を打たれた。
さらに、ガーヴィーが、ただ黒人だけでなく、すべての人々の人権を求め、自由と平等を熱烈に主張している演説にも、その普遍性に本当に感心させられた。
そうした歴史を踏まえて、キング牧師やマルコムXの演説を読むと、さらに深めい感銘と感動があった。
シャーリー・チザムが、黒人の女性が二重に差別と抑圧を受けてきたことを指摘し、黒人の女性の力の発揮を主張している演説も、とても考えさせられた。
トニ・モリスンの、物語を通じて、化石化した言語を語り直すことや、マーシャルの憲法の当初の意味そのものより、その時代錯誤の意味を常に新しく解釈し直してきた黒人の人々による努力の歴史への言及も、とても考えさせられた。
そして、ノックス大学の卒業生にあてた、上院議員時代のオバマさんの演説の、なんとすばらしいことだろう。
グローバリズムにはっきりと立ち向かい、中産階級を擁護し、所有者社会という名の社会ダーウィニズムに断固として立ち向かい、国民を兄弟姉妹と意識して自由と平等という原理を未来に向かって積極的に形成していく、その主張は、本当に共感するし、日本にもこれぐらい語ってくれるリーダーがいてくれたらと思われた。
最も苦しい思いをしてきたからこそ、アメリカの黒人の歴史は、他にはめったにないほどの英知の輝きがあるような気がする。
ひどい現実に直面し、なおかつ理想と信念を貫き、言葉の力と道徳の力で世の中を変えようとし、実際に変えてきたかけがえのない歴史がそこにはある。
それはおそらく、社会や国を異にする私たち日本人にも、大きな示唆や刺激を与えるものだと思う。
特に、私たちにとかく欠けがちなのが、厳しい現実の板をくり抜いていく信念や理想の力であり、言葉の力と道徳の力によって世の中を変えることであるならば。