- 作者: 内田樹/釈徹宗
- 出版社/メーカー: 本願寺出版社
- 発売日: 2005/03/23
- メディア: 新書
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面白かった。
特に、印象的だったのは、
内田さんが言っていた、
・霊的直観には二種類があって、「この世は常識でははかりしれないということがある」ということと、「私はこの世になぜ送り出されてきたのかその理由がわかった」ということがある。しかるに、前者はあまりたいしたことはなく、大切なのは後者だ。
・何かしら科学で説明のつかない「奇跡」があったとして、それに驚くよりも、「その「奇跡」をどうやって君はこの生活の仲にリンクするのか?」「その体験を日常生活にどう生かすのか?その体験が市民としての適切な振る舞いにどう生かされるのか?」という問いの方がよほど大事だし、智慧を要す。
という言葉だった。
なるほど〜。
本当そう思う。
また、念仏とは霊的次元への回路であり、
「ここではなく、こことは違う、ここより上位の境位が存在し、私はそれを信じる」
ということではないか、という内田さんの言葉も、なるほど〜っと思った。
釈さんが言っていた、
・現代社会においては「宗教性の成熟」、つまり、ディセントで、かつ「日常へと還元する力」として宗教性を持ち、「貧すれども鈍せず」、「そんなところに人生の価値はない」、と考えていくことができる生きる力を持つこと。
・ある現実に対し、どれほどの縁が内在しているか、思いをいたし、喜び、頭を下げる姿勢こそ、本当の宗教。
ということも、なるほどーっと思った。
・無知と被投性の自覚。
・狂信とニヒリズムのあわいが常識。
・常識は原理になりえないが、そうであればこそ倫理である。
ということも、面白かった。
悪人正機について、
・人間が人間についてくだす善悪の判断は、人間の存在理由や存在価値を最終的に決定することができない。なぜなら、人間がなんのために、なにをなすために存在しているのか、人間が完全に知るということはありえないからだ」
というメッセージである、というのも、なるほどーっと思った。
浄土真宗に興味がある人、ないし宗教性一般に興味のある現代人が読んでみると、面白い一冊ではないかと思う。
一知半解で浄土真宗について軽率な否定や批判をしている人にも読んでもらいたい。