南無阿弥陀仏を現代語訳してみると、
「はかりしれないおかげの中に生きていることの目覚めに帰ってきなさい」
という風に訳してみるのが良いのではないかと思って、ある人に話してみたら、
「はかることなく仏様は受け入れてくださる」
という風に自分は受けとめていると言われて、なるほどーっと思った。
ひとつの意味に固定する必要はなく、各人の味わいや受けとめ方が、それぞれにあって良いと思うし、その時々にさまざまな味わいがあるのだと思うけれど、なるほどなぁと思った。
はからいなく、はかることなく。
考えれば考えるほど、名号というのははかりしれないものだと思う。