現代語私訳 善導大師 「般舟讃」(念仏讃歌) 第二十六節
上品中生の凡夫たちは、
(浄土への往生を願います)
読経し念仏し、専ら戒を守り、
(はかりしれない喜びよ)
一日乃至七日の間それらを行った功徳を回向すれば、
(浄土への往生を願います)
臨終に浄土の聖なる方々が来て現れて、
(はかりしれない喜びよ)
観音菩薩と勢至菩薩は花を手にもって立っておられます、
(浄土への往生を願います)
念仏者が純粋な金色の台(うてな)にのぼると、
(はかりしれない喜びよ)
千の化仏たちが一斉に讃めてくださいます、
(浄土への往生を願います)
阿弥陀如来につき従って、わずかな時間で浄土の宝の池の中に入り、
(はかりしれない喜びよ)
一晩の間に煩悩の障りが尽きて、蓮の花が開きます、
(浄土への往生を願います)
阿弥陀如来の御姿を見て金色の台(うてな)から下りようとすると、
(はかりしれない喜びよ)
足がまだ地面に着かないうちに蓮の花が足を受けとめてくれて、
(浄土への往生を願います)
阿弥陀如来から金色の光が放たれ、その光が来て、往生した人の身を照らしてくださいます、
(はかりしれない喜びよ)
ただちに阿弥陀如来の前に至り、立って、
(浄土への往生を願います)
阿弥陀如来を七日間に渡って讃歎すると、生と死を離れた悟りを得ます、
(はかりしれない喜びよ)
ほんのわずかの間に別の世界の如来たちに仕えてまわり、
(浄土への往生を願います)
しばしの時の間に三劫もの長い時の流れを経て、
(浄土への往生を願います)
菩薩の歓喜地に至り、仏の教えに明らかに通暁するようになります、
(はかりしれない喜びよ)
念仏三昧の喜びよ、
(浄土への往生を願います)
戒を守り、善行為を実践して、怠りなまけることがないようにしなさい、
(はかりしれない喜びよ)
怠りなまければ、迷いの輪廻の中で苦しみ続ける業を造ることになります、
(浄土への往生を願います)
阿弥陀如来の浄土に誰が往かせることができるでしょうか、
(はかりしれない喜びよ)
熱湯の中に入れば、誰でも急いで撥ね上がって出ようとします、
(浄土への往生を願います)
他人が推してくれる縁を待つことはありません、
(はかりしれない喜びよ)
貪りや瞋恚に悩まされて、燃え盛る家のようなこの娑婆には、貪りと瞋恚によって二重に焼ける苦しみがあります、
(浄土への往生を願います)
煩悩の障りが重く、心は頑なで、いまだにその痛みを自覚しません、
(はかりしれない喜びよ)
痛みを自覚すれば、すぐに無知の業を続けることを断ち切り、
(浄土への往生を願います)
罪や過ちを悔い、慚愧して、浄土に往生します、
(はかりしれない喜びよ)
浄土は、ダイヤモンドでできた地です、
(浄土への往生を願います)
凡夫や六道ということは、名称すらも浄土にはずっとありません、
(はかりしれない喜びよ)
念仏三昧の喜びよ、
(浄土への往生を願います)
極楽浄土は清らかで静かで、本当に巧みですぐれています、
(はかりしれない喜びよ)