現代語私訳 善導大師 「般舟讃」(念仏讃歌) 第四節

現代語私訳 善導大師 「般舟讃」(念仏讃歌) 第四節



悟りを開く前の阿弥陀如来は、仏道にはじめて触れて心を起こした時、
(浄土への往生を願います)


すぐに国王の位を捨てて、悟りを求められました、
(はかりしれない喜びよ)


世自在王仏のみもとにて髪を剃り、
(浄土への往生を願います)


出家し、修行したので、法蔵菩薩と呼ばれました、
(はかりしれない喜びよ)


四十八願法蔵菩薩が起こしました、
(浄土への往生を願います)


ひとつひとつの誓願は生きとし生けるもののためのものです、
(はかりしれない喜びよ)


さまざまな功徳の宝によって荘厳されているので極楽と呼ばれます、
(浄土への往生を願います)


広々として大きく、なにものをも平等に受けいれて、限りや差別がありません、
(はかりしれない喜びよ)


もし私が悟りを開いたならば、浄土の中央に座って、
(浄土への往生を願います)


はるか未来の果てまでも、生きとし生けるものを救いましょう、
(はかりしれない喜びよ)


身体から放たれる光明は宇宙を照らします、
(浄土への往生を願います)


その光が及ぶところはあらゆるものが利益を受けます、
(はかりしれない喜びよ)


ひとつひとつの光明は、絶え間なく照らし続け、
(浄土への往生を願います)


念仏往生の人を照らし、どんなところにいても探し出して照らしだします、
(はかりしれない喜びよ)


十方のあらゆる方角のさまざまな仏の国土と比べるならば、
(浄土への往生を願います)


極楽は本当に安らかに過ごすことができるという点で巧みですぐれています、
(はかりしれない喜びよ)