雲井龍雄 「透谷寓居即事」

雲井龍雄集議院を去った後、いまの有楽町のあたりにあった、透谷(すきや)の「稲屋」という水亭を好んで、よくそこで過ごしていたという。


その時の詩だが、良い詩だと思う。



雲井龍雄 「透谷寓居即事」


其の一


撲面紅塵豈浼予    面を撲(う)つの紅塵 豈(あ)に予(われ)を浼(けが)さん
人間到処有嵩庵    人間 到る処(ところ) 嵩庵(すうろ)有り
誰知孤剣青衿子    誰か知らん 孤剣 青衿の子
歌吹海中閑読書    歌吹海中 閑(しずか)に書を読む


其の二


与俗浮沈酔又醒    俗と浮沈し 酔うて又(また)醒む
我心如水跡如萍    我心(わがこころ) 水の如く 跡は萍(うきくさ)の如し
閑閑更以掣鯨手    閑々(かんかん) 更に 掣鯨(せいげい)の手を以て
挿出寒梅花一缾    挿し出だす 寒梅の花一缾(いっぺい)


(大意)


その1、


私の顔にどんなにこの世の塵が降り注いでも、私を汚すことはできない。
人間、どんなところでも、清らかに生きていける場所はある。
誰が知っているだろうか、孤独な剣を心に抱いて学問をしている若者を。
この透谷(すきや)で、歌をうたって心を慰めたり、静かに読書をしたりすることが私はできる。(だから私は幸せだ。)


その2、


この俗世の中で浮き上がったり沈み込んだりしながらあくせくと生きて、
酒に酔ったかと思うと、また醒めて過ごしている。
私の心は、水のようなもので、流れつづけている。
心の流れた後は、浮草のようなもので、詩がぽつぽつと浮かんでいく。
静かな、暇なときには、大きな敵に向かって振うべきこの手を使って、
梅の花を一輪、手折ってかざしてみたりする。(だから私の心は明るく静かだ。)