ドラマ 「白虎隊」

白虎隊 [DVD]

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二十年ぶりぐらいに「白虎隊」というドラマを見た。
小半世紀前のドラマとは思えないぐらい、とてもよくできていて少しも退屈せず、あらためて名作と思った。

このドラマは、私は小学生ぐらいに見て、とても強い印象を受けた。
いまあらためて見ると、二十数年の間に多少は歴史の知識や人生への感じ方も子どもの時とは変わったので、また違う見方で見ることができた気がする。
またあらためて子どもの頃に見るのとは違った味わいがあった。

このドラマは、第一部と第二部に分かれている。

第一部では、京都守護職を命じられた会津藩が幕末の京都に兵を率いて向かい、孝明天皇の篤い信頼のもと、治安の維持に努める様子が描かれる。

しかし、思いもかけない時代の急激な変化の中で、同盟国だったはずの薩摩はいつの間にか長州と同盟を結んで会津に襲いかかり、鳥羽伏見で会津軍が薩長と激戦を繰り広げる中、あろうことか将軍・徳川慶喜が江戸に逃走してしまう。

その中で、第一部の主人公の神保修理切腹に追い込まれる。

神保修理は視野の広い、開明的な人物で、なんとか会津が時局の中で生き残れるように努力するが、会津の悲運を食い止められず、かえって会津藩内では白い目で見られる。
坂本龍馬の暗殺を嘆き、新撰組になぜ龍馬を斬ったと食ってかかることが、かえってますます裏切り者と見られることになり、鳥羽伏見の敗戦で、将軍や会津藩主に向けることのできない怒りや怨みのはけ口とされてしまう。

神保修理1834年生まれで1868年に鳥羽伏見の敗戦の責任を背負って切腹してるので、今の私とあんまり年齢が変わらない。

今の私が、あのような理不尽な理由で藩のために切腹に追い込まれたとして、あのように見事に従容と切腹できるだろうかと、ドラマを見ながら考えさせられた。

神保修理があまりにもかわいそうで、思わず涙しながら、あの時代の人の立派さに改めて驚く。
神保修理の父親の神保内蔵助を、丹波哲郎が演じていて、息子が悪くないことは重々わかりながら、藩のために息子に切腹するように言う父親の悲しみを本当に名演していた。


第二部では、戊辰戦争が勃発し、一藩をあげて戦う会津の悲劇が本当によく描かれていた。

白虎隊や娘子軍や、ほんの子どもたちまで市街戦で死んでいく様子は、涙なしには見られないが、このドラマは本当に力が入っていて、よくその様子を描いているとあらためて思った。

西郷頼母の妻や娘たち二十一人が、辞世の句を詠んだ後に集団自決する様子も、本当にあの時代の武士の家庭でなければ到底考えられない、なんとも痛ましい、しかし立派な最期だったとあらためて胸を打たれた。

西郷頼母会津藩の筆頭家老。
藩主の松平容保京都守護職を拝命する時に、断固として諌止しようとし、長く疎んじられていた。
戊辰戦争の直前も、なんとか恭順の意を示すべきだと主張しながら容れられず、白河関の激戦を指揮した。
家族の集団自決の時には別の場所におり、もはや城を枕に討ち死にすべきだと主張するが、このドラマでは、藩主の松平容保から孝明天皇から拝領した御宸翰を守り抜くように命じられ、落城寸前の会津若松城から脱出する。
心ならずも、生き恥をさらさなければならなかった西郷頼母の姿は、幼心にもとても印象的だったけれど、あらためてとても強い印象と感銘を受けた。
本当の忠臣とは西郷頼母のような人物のことを言うのだろうとあらためて思う。
里見浩太郎がよく好演していた。

また、このドラマでは、森繁久弥が、井上丘隅という会津藩士の役を演じていて、本当に名演で、やっぱり森繁久弥丹波哲郎は名優だったなぁとあらためて思った。
二十数年の間に、多くの名優の方々もお亡くなりになったけれど、こうした素晴らしい作品が残っているのは、本当にありがたいことだと思う。

このドラマは、西郷頼母神保修理など、会津の穏健派の悲劇によくスポットをあてていて、その点でもとてもよくできたドラマだったと思う。
時代において、常に先を見ながら、適切な判断を行い、その意見を述べながら、少しも受けいれられず、時代の悲劇に巻き込まれていく人物がしばしば歴史上にいる。
西郷頼母神保修理はその最たるものだろうけれど、それでも愚痴の一つもこぼさず、見事に死に、あるいは見事に生きていった彼らこそ、本当に見習わなければならない人物だなぁとあらためて思った。

あと、このドラマの最後の方では、米沢藩からの援軍を松平容保たちが今か今かと待っている様子が描かれる。
結局、援軍は来ず、容保たちは降伏を決意するのだけれど、小さい頃見ていた時より、多少歴史の知識が増えて、この頃の米沢藩の内情を、多少は知るようになって今見てみると、感慨深い。

米沢藩では、当時、会津救援と徹底抗戦を雲井龍雄が主張し、米沢にいると邪魔だということで、関東北部にゲリラ戦を展開するように命じられて飛ばされていた。

小さい頃は、雲井龍雄の存在を知らなかったけれど、最後まで会津を救援に行こうとしていた人もいたのだということを、今は感慨深く思う。
たぶん、小さい時に、心のどこかに誰か会津を助けようとする人はいなかったのだろうかと疑問に思い、無意識のうちにそうした人物を探し続けて、後年雲井の存在を知ってとても感銘を受けたのかもしれない。

また、このドラマで、名前は一切出てこないけれど、松平容保西郷頼母に御宸翰を手渡すシーンで、容保の後ろで刀を持っている御小姓がいるけれど、これはおそらく原直鉄と思った。
原直鉄は松平容保の小姓役で、側近中の側近だった人物。
のちに雲井龍雄の盟友となり、雲井党の事件で副首謀者ということで処刑される。

いつか、白虎隊の続編ということでも、雲井龍雄事件を詳しく小説か本にしたいものだと、このドラマを見ながら、あらためて思った。

このドラマの主題歌の、堀内孝雄の「愛しき日々」もあらためて良い歌だなぁと思った。
またそのうち、カラオケで歌おう。