現代語私訳『福翁百話』 第四十九章 「ビジネスには信用が必要です」

現代語私訳『福翁百話』 第四十九章 「ビジネスには信用が必要です」




人間は何事もとかく間違うことの多いものです。
そのような人間のつくっている社会においては、過ち、もの忘れ、杜撰、横着などなどが、意識・無意識の両方において人と人との間をくい違いさせて、そのために時間を無駄にしたり財産を失ったりすることが多いことは、仕方ないものと言えることでしょう。


政府の公共の仕事においても、民間のビジネスにおいても、あるいは一家の生計においても、単に合理的な計算に従って本当に必要なことを達成することは本当は簡単なはずで、そんなに人手を必要とするわけでもなく、したがって費用も少なくすぐにできるはずなのですが、実際はそうではありません。
さまざまな手間暇がかかってその面倒なことは筆舌に尽くしがたいものです。


過ちやもの忘れは、同じことをあらためて繰り返させます。
杜撰さや横着さには、側で監督してその横行を予防しなくてはいけません。
そのため、仕方なく人手を増やせば、またその人手を管理するためにさらに人手を増やさざるを得ません。
大きな家において大勢の人を雇い、そのために数人の炊事係を設ければ、炊事係もまた食事するため、今度は炊事係の炊事係を雇う必要に迫られるようなものです。
政府やさまざまな会社において、監査、調査、取締、審議、立会人などという人々は、どれもそのような必要によって生じたことであり、その煩雑さや浪費は容易に推測できることです。


ですので、民間における一つのビジネスについてもやはり同じようないきさつがあり、本当のビジネスや事業そのものよりも、実はさまざまな管理に忙しい状態です。
ですので、ビジネスにおいて第一に最も大事なことは、信用できる人材を得て、管理の手間を省くということにこそあります。
つまり、店長や代理人が商売しながら自分が管理の仕事も兼務することや、建築の職人と管理者が一人二役を勤めるようなもののことです。
たとえその人に対する給料を多くしても、雇用者の利益となるところはかえって多くなり、結果的に雇用者と被雇用者の双方の利益になることでしょう。


世間の事業家を観察すると、親子や兄弟が仲が良くてお互いに何の気兼ねもない人が、その家族で力を合わせて働いているとき、たいていの場合とてもうまくいっているのは、他のことではありません、管理の面倒を免れて無用な手間や費用を省くことができているからです。
無関係な他人を雇用して、本当の家族の親子兄弟のようにしようとするのは無理な望みでしょうが、道徳や人情の話はしばらく置くとして、利益という観点から見ても、人間同士の信頼関係・信用こそがビジネスの上での利益の源でもあります。
ですので、雇われて働く人は、自分の利益のためにも大事なことだと思って正直に働き、雇い主もまたその正直な労働の代価として報酬を手厚くすべきです。


商業や工業の会社の事務所に、役員がにぎやかに群れをなしているようなことは、本当はその会社のリーダーたちの力が弱くて事業に十分対応できないために、頭数を増やして対応しようとしている事情もあるのかもしれませんが、また別の側面から見れば、会社全体に信頼関係や信用の空気が薄くて、監督や取締の必要があるためと言えることでしょう。