ロナルド・ドーア 『「奥の院」阻む民主主義』 (西日本新聞8月1日朝刊)

今朝(8月1日付)の西日本新聞の朝刊に載っていた、ロナルド・ドーア 『「奥の院」阻む民主主義』はとても面白かった。

この記事によれば、日本においては、「経済産業省・経済団体・電力企業複合体」の三者が政治権力に巨大な影響力を持っているのではないか、メディアも巨大な影響力を持っているのではないか、ということ。

菅総理は、この「経済産業省・経済団体・電力企業複合体」といま想像を絶する闘いをしているということを、そしてその勝敗が日本の民主主義にとってどのような意味を持つかを、賢明な国民は英米ありさまも見ながら、よくよく理解した方がいいのかもしれない。




ロナルド・ドーア 『「奥の院」阻む民主主義』 (西日本新聞8月1日朝刊)


奥の院の力」とは、権力が個人に集中されていた絶対王制を想像させるが、複雑な権力機構の現代民主主義国家にも通用する。今の日本では「経済産業省・経済団体・電力企業複合体」がそれではないかと、民主党参議院議員鳩山内閣のときに財務副大臣を務めた峰崎直樹氏がメールマガジンで指摘している。


その兆候として、①地方も中央も、経済団体のトップを電力会社のトップが多く占めている②知事47人のうち官僚出身者は32人で、伝統的に旧自治省OBが多数だが、最近では経産省出身の人が増えている−ことなどを挙げる。菅直人首相の中部電力浜岡原発の即時停止要請が「思いつき」と非難されたのも、その「複合体」のメディアへの影響を示していると言う人もいる。


まあ、そうだろう。ただ、権力を握る「見えざる手」の多くが法学部系から理科系に取って代わることを意味するなら、技術立国の日本にとって不幸なことではなかろう。


英語では、不当に為政者に支配的な影響を与える「奥の院」のことを、フランス語を使って「エミノンス・グリーズ(黒幕)」という。最初にそのあだ名がついたのは、リシュリュー枢機卿(16〜17世紀のフランスの政治家)の「顧問」だったそうだ。今でも、エミノンス・グリーズといえば、ひげを生やし、鋭い目つきで人を圧倒する老僧侶のイメージが浮かんでくる。


しかし、イギリスで先々週、ニュースのトップ見出しから消えなかったエミノンス・グリーズは、メディア王といわれるルパート・マードック氏だ。彼が率いる法人「ニューズ・インターナショナル」が所有し、販売部数300万部と言われる日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」をめぐるスキャンダルが中心だった(米国では、米共和党を支持する「FOXテレビ」などを所有している)。


「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の取材方法は傍若無人で、法律も常識も踏みにじる無謀なものだという評判は以前からあった。特に、個人のパソコンや携帯電話などにハッキングし、その個人情報をネタにすることが判明。裁判沙汰になって、あやふやな和解で終わったりする事件は10年前からたびたびあった。


標的にされたのは、王室や芸能人、不人気な政治家が多かった。ところが、今回明るみに出たのは、行方不明後に死体で見つかった少女。警察の大捜索が続いているのに、その少女の携帯電話を盗聴して、記者が親の悲鳴を聞くなどしていたのだ。


その許しがたい取材方法が報道されると、国民の憤慨はすさまじいものだった。だが、その憤慨の矛先はすぐに、政界、メディア、警察の三者の複合体へと移っていった。1997年の選挙の前、ブレア労働党党首がオーストラリアへの長旅でマードック氏の機嫌を取りに行って、販売部数300万部の英日刊紙「サン」が労働党を支持するという口約束を結んだことが思い出された。キャメロン現首相も、マードック氏と親しくしていることも明るみに出た。それしか票を得る方法がないとしたら、何という民主主義だろう。


「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」も廃刊になったが、メディアのオーナーが政党政治の「奥の院」になれない法律こそ、民主主義の必要条件であることが再認識された。