舛添要一 「内閣総理大臣」

とても面白かった。

著者は、本書の中で、政治は「貴業」であると主張する。

つまり、政治は、人間社会のさまざまな利害を平和的に調整する高貴な仕事であり、決して汚い賤業ではないはずであるという。

放っておけば殺しあう人間を救い出す装置が政治。
政治とは、人間による人間の制御。

したがって、決してシニカルに構えて無関心で済ませて良いものではない。

政治とは血を流さぬ戦争であり、そのことを忘れたところには容易に覚悟のない堕落した政治がはびこるようになってしまう。
政治とは、本当は最高度の覚悟を伴う精神活動であり、暴力に対置される平和的な調整のための真剣な営みであるはずであり、あるべきである。

このようなメッセージを、著者はとてもわかりやすく大変な熱意をこめてこの本の中で説き明かしている。
その点、現代日本にとってとても貴重なメッセージを湛えた本ではないかと私には共感しつつ思えた。

また、著者は本書の中で、「統治とは選択すること」であり、何をパブリック・グッズに含めるかということで、究極的には政党や政治には哲学が不可欠であることを説く。

そして、今後の日本の政治のありうる理念として、

A,資本主義制度を円滑に機能させていくということ。つまり、グローバルキャピタリズムのなかでどう生き残っていくかを考えなければ、日本経済はよくならない。
B,民主主義を堅持する。
C,社会の安定を堅持する。

の三つを挙げ(233頁)、どれを優先的に進めていくかというと、おそらく民主党はC→B→A、自民党はA→B→Cの順番になるだろうし、なるべきであると述べており、なるほどと思えた。

また、これからの政治家に必要な資質を十あげている(144頁)。

【普遍的要素】
1、 ヴィジョン提示力
2、 歴史と哲学の素養
3、 人心掌握力
4、 組織力
5、 経験

【今日的要素】
6、 危機の認識と危機管理力
7、 カリスマ性
8、 テレビ・ポリティクス
9、 国際性
10、 IT適応力


たしかに、この十の資質はこれからの政治的リーダーシップのために不可欠なものに思えた。
なかなかこの全てを具備した政治家は必ずしも多くないかもしれないけれど、これらの資質の涵養に政治家、そしてそれを支持し養う国民も、努めるべきように思える。

リーダーシップには「代表的リーダーシップ(制度的リーダーシップ)」と「創造的リーダーシップ」の二つがあり、
今の日本に必要なのは後者の創造的リーダーシップであり、
特に「組織を動かせる創造的リーダーシップ」であること、
そして、そのような創造者としての首相を支えることができる国民である、
という著者の主張は、とても共感させられた。

厚相時代の経験談として、著者は厚労省に批判的な人物を審議会のメンバーに大勢加えたり、自分のアドヴァイザーに持ったことや、官僚の使い方などについても本書で少し書いているけれど、それらも興味深かった。
著者が言うように、今日必要なことは、本当の意味での政治主導であり、そのために与野党の枠を超えて、政権交代のルールや権力の作法を確立し、適切な引継ぎや正々堂々たる競い合いや協力の関係を築き上げることが大事なのかもしれない。

拝外主義と排外主義の両極端を避けた、本当の意味での国際性と日本の良さを調和させた政策や理念の必要を著者が説いていることも、基本的には共感させられた。

著者は自民党の新生にこの本を書いた時点では大きな期待をこめていたようだが、自民党の人も、あるいは民主党やその他の政党の政治家、およびそれらの支持者や、どれでもない無党派の一般国民も、この本は一度読んでみると大きな参考になるのではないかと思えた。

これほどの見識の持ち主が、小さな政党であまりその見識を発揮できないとすれば、大変惜しい気がする。
舛添さんにはそのうち、何らかの機会で、再び大きな手腕を発揮して欲しいものだ。