「日本の首相頻繁交代 世界への影響力そぐ  米シンクタンク研究員クリングナー氏に聞く」(7月25日付 西日本新聞 朝刊)

昨日(7月25日付)の西日本新聞の朝刊に掲載されていた、クリングナーさんという方へのインタビュー「日本の首相頻繁交代 世界への影響力そぐ」という記事はとても共感させられるものだった。

このごく当たり前の観点を、なぜか日本の政治家やマスコミの多くは忘れている。
しかし、冷静に客観的になれば、誰でもわかることだと思う。

昭和初期と同じように、このところ短命政権ばかり続いている。
心ある日本人、日本を愛する日本人は、このような日本の力を自らそぐことを続けることをいいかげんやめるべきではないか。
本当にそう思えてならない。



「日本の首相頻繁交代 世界への影響力そぐ  米シンクタンク研究員クリングナー氏に聞く」
(7月25日付 西日本新聞 朝刊)


安倍晋三首相が2007年9月に退陣して以降、菅首相が9月までに退陣すれば、4年で5人目の首相選びとなる異常事態だ。


「頻繁な首相交代は世界における日本の影響力をそぎ、日本は自ら、中堅国家へと押し下げようとしている。
中国が軍事的にも経済的にも台頭し、これに対抗するため米国も日本の強いリーダーシップを必要としている時、日本の指導力欠如は米国にとってもマイナス。厄介で、フラストレーションがたまり、いら立つ事態だ」


オバマ大統領も下院で過半数を握る野党・共和党との激しい対決が続く。
政治に政争はつきものだが日米の違いはどこにあるのか。


「もちろん、議院内閣制と大統領制という制度の違いはある。
米国の大統領は、違法行為が発覚して辞職する以外、どんなに支持率が低くても4年の任期を全うする。
内閣総辞職衆院解散がある)日本で、首相交代の頻度が高くなるのは仕方がない。
しかし、それは形式的な理由だ」
「より重要なのは、実質的な理由だ。日本では首相の支持率が20%を切ると、政治家も、メディアも『首相交代』の話で持ちきりになる。
だれだれ首相が辞めたときは支持率はX%だった、と過去の例が引用され、次第に国民の間でも『首相辞任』が当然視されてゆく。
日本の政治家、メディア、国民に深く染み込んだ慣習だと思う。
船が沈もうとしているとき、船長が『私は人気がないから辞める』といっているようなものだ」


確かに、日本の政治報道は政局が中心だ。
政治家も東日本大震災という戦後最大の危機に直面しながら内閣不信任案を出した。
菅首相の「脱原発」方針には閣内からさえ「独断だ」と異論が出る。


「反対や抵抗があり、不人気でも、自ら正しいと信じる政策の実現を目指す。
米国では、大統領のこうした行動には多くの尊敬が向けられる。
大統領も積極的に公に向けて語り、民衆の支持を政治的エネルギーにする。
一方、日本はコンセンサス(合意)社会だ。
サッチャー英元首相は『コンセンサスとはリーダーシップ欠如のことだ』といった。
危機に直面したときこそ政治のリーダーシップが求められるが、合意の下でしか実行できなければ、だれもがほどほど満足する程度の、あまり意味のないことしか達成できない。」


だれが次の首相になっても、足の引っ張り合いでまた1年で交代するかもしれない。


「次の顔ぶれをみても、どんぐりの背比べだ。
小泉元首相型のリーダーシップが発揮できそうな政治家は、民主党にも自民党にも見当たらない。
だが、頻繁な首相交代と合意重視の政治的カルチャーが、中国がアジアで積極的役割を果たそうとしている時、日本の影を薄くしていることを知るべきだ。
日本は世界への影響力だけでなく、アジア諸国とのつながりでも危機に直面している」