ETV特集で、「埋もれた声 大逆事件から百年」という番組があっていた。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html
大逆事件で処刑された人々の中の、特に和歌山の人々とその遺族の方について特集してあった。
昨年や今年、たまたま、石川三四郎や堺利彦や坂本清馬の回想録を読んでいたのだけれど、大逆事件は生き残った人々の心にも本当に深い傷と衝撃を与えたものだったと思う。
番組で映った、大石誠之助の顔写真には、本当に胸を打たれた。
なんといえばいいのだろう、聖人のような、清らかなやさしそうな顔で、人間の生き方は顔に現れることを考えれば、本当に立派な人だったのだろう。
大石は、アメリカやインドに留学した経験もある医師で、貧しい人々からは診療代をとらず、地域の医療や貧困問題に取り組んでいたそうである。
いつか、大石誠之助のお墓参りに行きたいと思った。
あと、番組では、高木顕明のお孫さんへのインタビューが映っていた。
高木顕明は、浄土真宗(大谷派)の僧侶で、弥陀の本願と社会主義を結びつけた思想を持ち、地域の貧困問題や部落解放運動に積極的に取り組んでいた人物。
大石もそうだけれど、高木もまったくの冤罪で死んでいるのだけれど、遺族に対する世間の風当たりは厳しく、高木の妻と娘は寺から事件後に追い出され、貧窮の中で生活し、娘さんはのちに芸者になったそうである。
芸妓として働く中、一人息子を女でひとつで育てたそうで、その息子さん(顕明からすれば孫)の方がインタビューで語るには、母はおじいさんは本当に立派な人だったと何度も語っていたそうである。
そのお孫さんも、そして写真で映ったその母の顕明の娘の方も、とても気品のある顔立ちで、世間からいかに冷たい目にあおうとも、立派に凛として生きた人生がなんとなく偲ばれて胸を打たれた。
あと、何人か、その他の和歌山の大逆事件に連座した人々の遺族の方たちへのインタビューがあったけれど、戦前は学校で逆徒の子と教師から言われたり、いじめにあったり、就職でも差別されたり、とても大変だったそうである。
なんというか、戦前の異様な空気というか、ああいうのはいったい何だったのだろうとあらためて考えさせられた。
近年、その地元の自治体では、大逆事件を見直し、時代の先覚者として事件の犠牲者たちを位置づける決議がなされたそうで、やっといろんな意識が変り、見直されてきているそうである。
管野すがが、
「のこしゆく この三十とせの 玉の緒を 百年(ももとせ)のちの 君に捧げむ」
という歌を辞世でのこしているけれど、本当、百年かかったのだなあと思った。
百年経って、やっと彼らが冤罪だったことも、その志や無念さも、やっと多くの人が偏見なしにわかるようになってきたのだと思う。
そうした、百年のちの人のために命を賭して生きた彼らのことを、やっぱり後世の我々は、なるべく忘れずにその思いを受けとめ、生かしていくことが大事なのではないかとあらためて思った。
もう二度と、大逆事件のようなことがあってはならないと思うし、なんらかの事件が政治的に起きた場合、遺族を偏見で迫害するようなことは断じてあってはならず、各人が己自身の頭と曇りなき眼でしっかりと時代や社会を見る目を、あれから百年経った今こそ、本当に養っていかねばならないと思う。
おそらく、大逆事件のような事件が、あのままの形では再び起こることはないと思うけれど、大なり小なり、その時代の異様な空気や偏見や不正義というものはいつの世もあるものだろうし、できれば事件まで至らぬ以前に、そうした禍悪を未然に防ぐことが、本当に大事なことかもしれない。