邦人救出は現憲法第十三条の命じるところ

有事の際、拉致被害者救出で自衛隊派遣も
http://news24.jp/articles/2010/12/11/04172190.html


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菅首相は10日、拉致被害者家族との懇談会で朝鮮半島有事の際、北朝鮮にいる拉致被害者を救出するため、自衛隊を派遣する可能性を議論していることを明らかにした。
 菅首相は「北朝鮮が韓国領に攻撃をするという事件が勃発して、ある意味での南北朝鮮の間、場合によってはアメリカ軍も含めた一触即発の状況も生まれてきて、今日に至っている。こういった状況も踏まえながら、万一の時には、北朝鮮にいる拉致被害者を、いかにして救出することができるのか考えておかねばならない」と述べ、自衛隊を派遣することができるかどうか、その可能性について議論していることを明らかにした。
 その上で、「救出に直接自衛隊が出ていって、向こうの国の中を通って行動をできるかどうかというところまでいくと、ルールはきちんとは決まっていない。日韓の間におけるそういった決めごとなどもしっかりとしていきたい」と述べ、韓国側から救出に向かう可能性も視野に、日韓での取り決めをしたいと述べた。
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拉致被害者のみでなく、在韓邦人の救出についても菅首相は言及したようで、有事の際の邦人救出が必要という点では、菅首相が目指すところは良いと思う。

憲法に照らしてみても、必ずしも解釈次第では、邦人救出のための自衛隊派遣は不可能ではないと思う。

憲法十三条は、

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

と定めている。

国民の生命のために、立法・国政で最大の努力と尊重を命じているわけであり、十三条に基づけば邦人救出のためにあらゆる努力をするのが、現憲法下でも当然のことであろう。

また、現憲法九条との兼ね合いが自衛隊派遣の最大の問題でありネックだが、

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」


という条文を正確に読めば、「国際紛争を解決する手段」としての戦争を放棄するということが第一項に掲げられている目的であり、第二項はそのための戦力不保持と交戦権を否定しているに過ぎない。

したがって、侵略戦争以外のための、拉致されている邦人救出のための自衛隊派遣は、あるいは隣国等の在留邦人の救出・輸送のための自衛隊派遣は、本来はなんら九条で禁じられていないものだと解釈できる。

国際紛争解決の手段として」の戦争とは、侵略戦争のことであると、パリ不戦条約において明確に定義されている。
憲法九条のこの文言はパリ不戦条約に由来することは明白であるので、当然パリ不戦条約に依拠し、侵略戦争のみを否定したのが九条だと解釈していけば、憲法との整合性は十分に保たれる。

だが、問題なのは、歴代内閣法制局による現憲法九条の解釈の積み重ねである。

条文そのものは上記のように解釈すれば問題はないのだが、現憲法九条は自衛隊による邦人救出を不可能だとする歴代の解釈と思いこみが従来の日本をがんじがらめにしている。

邦人救出に関する規定である自衛隊法84条の第三項も、


(在外邦人等の輸送)
第84条の3 防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送の安全について外務大臣と協議し、これが確保されていると認めるときは、当該邦人の輸送を行うことができる。この場合において、防衛大臣は、外務大臣から当該緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する外国人として同乗させることを依頼された者を同乗させることができる。
《追加》平18法118
2 前項の輸送は、第100条の5第2項の規定により保有する航空機により行うものとする。ただし、当該輸送に際して使用する空港施設の状況、当該輸送の対象となる邦人の数その他の事情によりこれによることが困難であると認められるときは、次に掲げる航空機又は船舶により行うことができる。
1.輸送の用に主として供するための航空機(第100条の5第2項の規定により保有するものを除く。)
2.前項の輸送に適する船舶
3.前号に掲げる船舶に搭載された回転翼航空機で第1号に掲げる航空機以外のもの(当該船舶と陸地との間の輸送に用いる場合におけるものに限る。)


と輸送の安全が確保できた場合のみであり、妨害を除去し戦闘しながらの救出はできないことになっている。

菅さんは、もし本当に邦人救出をやりたいと思うのであれば、べつに憲法改正の必要はないので(憲法改正には時間がかかりすぎて半島有事までとても間に合わないかもしれない)、正々堂々と現憲法十三条の理念を説明し、現憲法九条の解釈を修正するよう、歴代の解釈の誤りを指摘し、パリ不戦条約に基づいた文言解釈を提起し、自衛隊法84条を改正すべきである。

だが、菅さんにそれほどの度胸と説明能力と説明への熱心さがあるのか、正直いささか疑問である。
もし、それを本気でやるとしたら、本当に心から国民の生命を思い、そしてわが国の安全保障のあり方に大きな一石を投じた首相として、わが国の歴史上に特筆される首相になると思うが、菅さんはそこまで考えて今回の発言をしているのだろうか。
しているとしたら、私は心底菅さんを見直し、無知蒙昧の輩がなんと言おうが断固熱烈に支持しよう。

そもそも、国民の生命を守ることもできない国家など、国家の名に値しない。
国民の生命を守ることこそ、国家の使命である。
憲法でも、十三条にそのことはきちんと規定してある。
十三条をきちんと遂行しないならば、現憲法にも違反している国家なのである。
戦後の米軍や他国頼みのゆがんだ状況から脱却するためにも、憲法解釈を正し、また正すためにあらゆる議論や説得や説明の努力を熱心に行う、そんな本当のリーダーに、菅さんはなって欲しいし、菅さんがだめならば与野党いずれかの中からそのようなリーダーが現れて欲しいものだ。


【追記】


その後、知人に教えてもらったことであるが、上記の私の認識は誤りで、現在の自衛隊法でも十分に邦人救出はできるそうである。

たしかに、自衛隊法94条5項に、邦人輸送のための武器使用がきちんと認められている。
また、国際緊急援助法に基づき、当該国政府の要請さえあえれば、いつでも邦人輸送・邦人救出のために自衛隊は現行法によっても出動でき、なんら新しい法改正や特別立法は不必要のようである。

というわけで、上記の文章の、自衛隊法改正の必要を説く部分は私の誤認識によるものだったので、訂正したい。

ただし、現行法で半島有事の際の自衛隊による邦人救出が可能であるとしても、現在はそうした事態を想定しての準備は進んでいないようである。

したがって、


1、国際緊急援助法に基づいて自衛隊を派遣できるように、韓国政府との間に事前の協議を進める。
2、突発的な半島有事の際にどうやって28000人の邦人救出を進めるか政府・防衛省のシュミレーションや準備を進める。

ということは、今後とても重要なことと思う。

菅首相には、上記の二点について、迅速に実務的に進めて欲しいものだ。