金子大栄 「宗祖を憶う」

金子大栄 「宗祖を憶う」


昔法師あり
親鸞と名づく
殿上に生れて庶民の心あり
貪道となりて高貴の性を失はず

已にして愛欲の断ち難きを知り
俗に帰れども道心を捨てず
一生凡夫にして
大涅槃の終りを期す

人間を懐かしみつつ人に昵む能わず
名利の空なるを知りて離れ得ざるを悲しむ
流浪の生涯に常楽の郷里を慕い
孤独の淋しさに萬人の悩みを思う

聖教を披くも 文字を見ず
ただ言葉のひびきをきく
正法を説けども師弟を言わず
ひとえに同朋の縁をよろこぶ

本願を仰いでは
身の善悪をかへりみず
念仏に親しんでは
自から無碍の一道をしる

人に知られざるを憂えず
ただ世を汚さんことを恐る
己身の罪障に徹して
一切群生の救いを願ふ

その人逝きて数世紀
長えに死せるが如し
その人去りて七百年
今なお生けるが如し

その人を憶いてわれは生き
その人を忘れてわれは迷う
曠劫多生の縁
よろこびつくることなし