大正天皇 御製

大正天皇 御製


「吹く風に あを葉の木陰 つゆちりて 夏山きよく 雨晴れにけり」

「月かげに さばしる鮎の かげ見えて 夏の夜川ぞ すずしかりける」

「秋風に 窓うつ雨の さびしさも わが身にしみて 冬近づきぬ」

「薄氷 むすびにけらし 池水に うかぶ木の葉の 今朝はうごかぬ」

「はるかなる 沖の波間の はなれ島 夕日をうけて あらわれにけり」

「群雀 ねぐらあらそふ 竹村の おくまであかく 夕日さすなり」

「いづくより わたり来にけむ ものすごき あら磯崎に 立てる大わし」

村雨に ぬれたる庭の 竹垣を しづかにのぼる 蝸牛(かたつむり)かな」

「這ひし跡 さやかにみせて 蝸牛 いづこに今は かげをひそむる」

「藤の花 さきこそかかれ うちむれて 若鮎さばしる 谷の流に」

「松杉を しをりしをりて 木枯の 吹く音高し 岡ごえの道」

「沖遠く 一村雲ぞ うかびける この朝なぎや 風になるらむ」

「うゑ渡す 山田のさなへ なびかして 涼しくかよふ 夏の朝かぜ」

「群雀 さわぐ門田の いねの上に 夕日のこりて 秋風ぞ吹く」



「ふり積る 雪にまみれて 群れ遊ぶ こいぬを見れば 寒さ忘るる」

「すだちたる 雀のひなの 声もして 庭の若竹 つゆにたわめり」



(従軍者の家族を思いて)
「御軍(みいくさ)に わが子をやりて 夜もすがら ねざめがちにや もの思ふらむ」

(戦利品を見て)
「武夫(もののふ)の いのちにかへし 品なれば うれしくもまた 悲しかりけり」



(軍艦高千穂の沈むを聞いて)
「沈みにし 艦はともあれ うたかと 消えし武夫の をしくもあるかな」

「ぬばたまの 夢のうちにも つはものの 出でて戦ふ さまぞみえける」

「国のため たふれし人の 家人は いかにこの世を すごすなるらむ」


「うもれたる 国のたからを ほる人の あまたうせぬと きくぞかなしき」


「おしなべて 人の心の まことあらば 世渡る道は やすからましを」

「麻畑に 生ふるよもぎの 直きかな 人の心のはづかしきまで」

「かきくらし 雨降り出でぬ 人心 くだち行く世を なげくゆふべに」


「年どしに ことはかりすと 集ふ人 ともに力を つくせとぞ思ふ」


「我を待つ 民の心は ともし火の 数かぎりなき 光にもみゆ」


「年立ちて まづ汲みあぐる 若水の すめる心を 人は持たなむ」

「山水の 清きながれを 朝夕に ききてはすます わが心かな」

「天の下 くまなくてらす 秋の夜の 月を心の かがみともがな」

「かげ高き 松をしをりに おのがじし 分けこそのぼれ ふみの山道」

「いとまえて ひとりひもとく 書の上に 昔のことを 知るがたのしさ」

「日の本の 国のさかえを はかるにも まなびの業ぞ もとゐなるべき」

「埋火に 炭さしそへて 寒き夜を ひとりしづかに ふみを読むかな」


「ますらをが ちからのかぎり たたかひし 昔を語る大阪の城」


「手綱とる 手のくるへるは のる人の 心の駒の くるふなりけり」

「村肝の 心しづかに 持ちてこそ 千代の齢も 経ぬべかりけれ」

「しづかなる 山の姿を 心にて あらばよはひも 延びざらめやは」


「暁の かねのひびきを ききながら 旅立つ時ぞ 楽しかりける」

「しばらくは 世のうきことも 忘れけり 幼き子らの 遊ぶさまみて」


「思ふ事 うちにこもれば おのづから 色にも出づる ものにぞありける」