大道寺将司句集 「鴉の目」 抜粋

大道寺将司句集 『鴉の目』(海曜社)より抜粋




あかときの 深雪にはかに 荘厳す

節分や 古き世界も 変わるべし

薄氷(うすらひ)を 踏めば轍の 深かりき

天穹の 剥落のごと 春の雪

死を抱き 人は生まれく 岩清水

とつおいつ 命を紡ぐ 夜の秋

みなしごの また生まれけり 星月夜
(前後の他の作品から察するに、2001年にアフガニスタンの戦争を思って詠んだ句らしい)

秋闌(た)けて 暗き時代と なりにけり

天日の 蕭条として 息白し

冬ざれの 空アフガンに 続きをり

笹鳴や 未明に開く 懺悔録

冬深し 目覚めて重き 胸の澱

散り敷きて 一輪残る 紅椿

顧みて 身悶ゆるなり 春の雷

奈落にて 恃むは春の 光かな

そこひなき 悲しみとゐて 夏果てぬ

いなびかり せんなき悔いの また溢る

あやまたず 柿熟るる日の 来たりけり

失ひし ものみな愛(かな)し 初蛍

滝落ちて 一揆の地鳴り 聞こえけり

恙(つつが)なき 日となりにけり 星月夜

揺れやまぬ 生死(しょうじ)のあはひ 花芒(すすき)

子午線を 真二つにして 鳥渡る

秋の日を 映して暗き 鴉の目

日月を 試練と思ふ 木の葉かな

すさびたる 寒風胸の 内より来

冬霧の 薄皮剥けば 戦なり

狼の 夢に撃たれて 死なざりき

かきたてし 鬼火を胸に 眠らんか

ちぎられし 人かげろふの かなたより

海市立つ 海に未生の 記憶あり

風音の 慟哭となり 春逝けり

荒梅雨の 軒打てばまた かなしけれ

重なりて 日の当たらざる 柿一つ

国家より 一人一人ぞ 霜の声

底冷えや 国家の貌の 顕るる

凍返る 地に反戦歌 甦れ

敵陣の 上にも積もる 暮雪かな

ながらへて なほ恥重ぬ 寒の雨

しののめの 夢にて詫ぶる 麦の秋

寂光の 影曳きいずる 蛍かな

霧を出て 霧に去(い)にける 筵旗

狼や 残んの月を 駆けゐたり

階段の 天辺見えぬ 孤狼かな

いちまいの 落葉や時を 重ねきて

おもかげの あぎとはほそし 杜若

夕焼けて イカロスの翅 炎上す