今野大力 詩集 抜粋

今野大力 詩集 抜粋

「私の母」

そこにこうかつな野郎がいる
そこにあいつの縄工場がある
縄工場で私の母は働いていた

私の母はその工場で
十三年 漆黒(くろう)い髪を真白にし
真赤な血潮を枯らしちまった
私の母はそれでも子供を生んだ

私達の兄弟は肉付が悪くって蒼白い
私達は神経質でよく喧嘩をした
私達は小心者でよく睦み合った
私達の兄弟は痩せこけた母を中心に鬼ごっこをした
母は私達を決して追わない
母はいつでもぴったりと押えられた
私達は結局母の枯木のようにごそごそした手で押えられることを志願した
私達はよく母の手をしゃぶった
それは馬の胴引革のようだった
わたしたちはよく自分達の手をしゃぶった
それはいつでも泥臭い砂糖玉の味がした

日本ではやっきに戦争を準備し
至る処で暴動が起こり
多数の共産主義者が捕らえられた
しかし母はいつでも知らずに過ぎた
私達の母は文字を知らず 新しい言葉を知らない
私達の母は新聞の読み方を知らなかった
ただその母は子供を生む方法を知り 稼いで働いて愛して育てることを知った
私達は神の神聖を知らぬように母の神聖を知らない
私達は母のふところから離れ
母は婆さんになった
母は遂に共産主義の社会を知らない
母はやがて墓土に埋もれよう
だがその母の最後まで充たされなかった希望は
今、私の胸に波打ち返している






「凍土を噛む」

土に噛りついても故国は遠い
負いつ 負われつ
おれもおまえも負傷した兵士
おまえが先か 
おれが先か
おれもおまえも知らない
おれたちは故国へ帰ろう
おれたちは同じ仲間のものだ
お前を助けるのは俺
俺を助けるのはお前だ
おれたちは故国へ帰ろう
この北満の凍土の上に
おれとお前の血は流れて凍る
おお赤い血
真紅のおれたちの血の氷柱(つらら)
おれたちは千里のこなたに凍土を噛む 
故国はおれたちをバンザイと見送りはしたが 
ほんとうに喜こんで見送った奴は 
俺達の仲間ではない
おれたちは屠殺場へ送られてきた
馬 
豚 
牛だ!
いつ殺されるかも知らない
おれたちは今殺されかけている

おれたちは故国へ帰ろう
土に噛りついても故国は遠い
だがおれたちは故国へ帰ろう
戦争とはこういうものだ
戦地でおれたちの仲間がどうして殺されたか
あんな罪もない者を
殺すのがどんなに嫌でも
何故殺せと命ずるのか
殺す相手も 
殺される相手も
同じ労働者の仲間 
おれたちにはいま仲間を殺す理由はない 
この戦争をやめろ

兵士は故国へ
おれたちの仲間
中国の仲間
そしてソヴェート・ロシアの仲間の
共同戦線こそ勝利を固めよ

おお おれたちは今銃創の苦しさに凍土を噛み
傷口から垂れた血の氷柱を砕きつつ
故国の仲間に呼びかけたい

おれたちは故国へ帰ろう
お前もおれもがんばろう