今村恒夫 詩集 抜粋

今村恒夫 詩集 抜粋


「工場のあいつ」

あいつは民衆とともに行き
あいつは民衆の中に戦っている
民衆とともに喜び
民衆とともに怒り
不満を並べ 反逆し
随所に 随時に
あいつは民衆を離れていない
あいつは民衆の杖であり
民衆の親である
満身に満ち溢れた情熱を潜め
引き緊(しま)った意志的な顔に温和な真情を湛え
あいつはその巨大な体躯をひっさげて
民衆の中へ行く
民衆とともに戦う
日々の蕪雑な出来事や 煩瑣な身辺の雑談や 猥褻な淫談の中ででも
あいつは民衆とともにあり
笑い 談(かた)り 愉快に一緒に時を過ごし
いつか巧みに話題をとりかえて
労働者の智識を吹き込んでいる
きざなインテリの臭もせず
くだけて 親しくて
貧乏な生活の鞭にも折れず
困難の前にもへこたれず
いかなる変異にも眉をびくとも動かさず
ゆったり どっしりと
積載する事務をとり片付けて行き
新たなるプランと予想の上に行動する

(中略)

日々の激しい戦の中に喜びを感じ
自らの一日を労わり 感謝し
輝かしい顔をして
機械のように働く
監督が白眼で睨みつけても
会社のブラックリストに載せられても
もはやいささかの問題でない
時々スパイが犬のように嗅ぎつけて来て
書籍や書信をかっさらっていき
検事の令状をつっつけては無理やりにブタ箱にぶち込むが
暗い 堰き切られた監房の中でも
あいつは一人でない事を知っている
娑婆で俺たちの戦がたたかい抜かれている事を
苦難の中にも絶えず同志が前進していることを
あいつは誰よりもはっきり知っている
そこでもあいつは民衆とともにあり
民衆とともに進んでいる
殴打や拷問や種々雑多な暴力があいつの周りを横行しても
あいつは平気で落ちついて
運動や過去の誤謬について考える
新しき驀進を企画し 誓約する
篭絡や瞞着や官憲の愚劣な策謀も
あいつは上気に鼻先であしらい
せせら笑い
節操の「せ」の字も折り曲げず
あいつの燃ゆる信念も確信も つい一寸も揺るがない
独特のあいつの笑みは
あいつの顔から消えたことがなく
絶望や悲観はあいつの辞書には記されていない
ブタ箱から出ると直ぐ
また戦闘そのもののあいつの一日が始まる
倦まず撓(たゆ)まず
あいつの戦闘が連続する
教化する 組織する
真っ赤なあいつの思想を注ぎ込む
より洗練した戦略と
より巧妙な戦術を駆使して
日常の闘争とストライキを計画する
行動する
革命の準備とその日の兵士を訓練する
宣伝する 煽動する
目醒めの喇叭(らっぱ)を吹き鳴らす
眠った民衆を呼びさます
あいつは民衆を戦士にする
あいつは民衆を氾濫に導く
現実の暗さを明日の喜びに置き更(か)える
あいつは鋼鉄製の言葉を叫ぶ
万国の労働者団結せよ
失うものは鉄鎖のみ
そしてあいつは血みどろの戦死の如く
指揮官の如く
不幸な工場街の同志を率いて
世界戦列の一翼に
はち切れるような元気で戦っている。



「手」

俺達の手を見てくれ給え
ごつごつで無細工で荒れて頽(すた)れて生活のように殺風景だが
矍鑠(かくしゃく)とした姿を見てくれ給え
頑健なシャベルだ
伝統と因習の殻を踏み摧(くだ)き
時代の扉を打ち開く巨大な手だ
りゅうりゅうと筋骨はもくれ上り
俺達の如く底力を秘めている
どきっどきっ脈打つ血管には
火よりも赤い革命の血が流れ
すべっすべっ皮膚は砲身の如く燿(かがや)いている
ペシャンコにひしゃげた爪は兄弟達の顔面のように醜いが
頑固で硬質で
彼奴(きゃつ)等の弾圧ぐらいびんびん弾き返すのである
干からびた田圃の如な掌の亀裂も少しの悲しい色もなく
手そのものが光に包まれ
荒っぽい指紋が何と莞爾(にこやか)に明日を約束している事か
手は戦闘の意欲に燃え
胼胝(たこ)は打ち固められた決心の固さ
目には見えないがあらゆる世界の同志の手と握り交され
広大な戦塵の列伍に副い
采配の下る日を待ち侘びているのである
ぎゅっぎゅっ鳴っている闘志を聞く事が出来るだろ
来るべき俺達の世紀を見る事も出来るだろ
生々しい闘争の跡は皺の間に刻まれ
ぎゅーっと握れば奴等へ投げつける手榴弾
開けば奴等の土台を覆す鋤犁ともなる
十本の指がびんびん働く行動は
いつも組織と統制の上での飛躍
手の中には先祖代々の魂が住み
搾られて空しく死んだ祖先の反逆が爆発し
炎の如く燃しきっているのである
真黒い手
節くれ立った手
時代の尖端に飛躍する手
振り廻すとびゅっびゅっ風が唸り
剣をとって立ち上った勇姿が思われ
彼奴等の頭を打ち摧き
彼奴等の城壁へ突喊(とっかん)する殺気がむらむら湧き立ち上がる
急がず焦(せ)かず
手はじっと息をひそめ
鋼鉄製の情熱を沈め
軈(やがて)来る幾百万の同志が双手(そうしゅ)を上げて振り翳(かず)す日のために
同志を集め
同志を教え
耐え 忍び 潜勢力を貯わうる革命の使徒である




「鋼鉄」

俺達は貧困と貧乏の底で生れた
俺達は圧迫と不如意の中で生長した
俺達は鋼鉄になった 俺達は現代が要求する
共産主義者になった。

俺達は地下から生み出された
光りを持たない暗黒と放浪と死に瀕した現実であった
堪え難い生活の溶鉱炉の中へ投げ込まれた
旋風と熱気と断末魔の苦悶と没自我の中で生れた儘(まま)の俺達は俺達を失った残滓を捨てた洗練された
鉱石は銑鉄になった俺達は戦線に召集された
そこで益々鍛われて行った
銑鉄は鋼鉄になったなった俺達は前衛闘士になったのだ
最早(もはや)化学の如(よう)な魔術でも俺達を変ずる事は出来ない
俺達は何よりも強い 何よりも固い
俺達は何よりも必要だ 俺達は現代が要求する鋼鉄だ
 革命的共産主義者
俺達は弾丸になって敵の腹の中に飛び込む
俺達は刃物になって切りつける。敵の生命のとどめをさす
俺達は輝かしい光明の彼岸迄(まで)レールを架ける
俺達は機関車になって驀進する
俺達は一人一人が柱になり桁になり各々の材料になり鉄筋建築の国家を創り上げて行く
暴風雨も火焔もつなみも俺達を破壊する事は出来ない
俺達は輝かしい主義者だ 俺達は何よりも固い鉄鋼だ。