太宰治 「惜別」「右大臣実朝」を読んで

 新潮文庫太宰治『惜別』には、表題作のほかに「右大臣実朝」も収録されており、太宰の中期の中編小説二編が収録されている。

 

「右大臣実朝」は源実朝を描いた小説で、おそらくは自分自身を実朝に投影しているのか、とても思い入れのある感じで、リアルに描かれていた。

だんだんとやる気を失い文学に耽溺していく実朝と、万事現実的でやや下品な北条一門には、太宰自身と実家の家族や世俗社会の成功者が投影されていたのだろう。

また、実朝が朝廷とその官位に恋い焦がれる様子は、文壇と芥川賞に恋い焦がれた太宰自身をかなり投影してあったのだと思う。

ややぶっきらぼうに唐突に終わるものの、良い作品だったと思う。

戦時下は、繊細なものが軍国主義に押しつぶされていく様子を重ね合わせて読んだのかもしれない。

 

「惜別」は若き日の日本留学時代の魯迅を描いており、魯迅や藤野先生たちを生き生きと描いた、良い作品だった。

発表当時は魯迅マニアの人々から厳しく批判されたそうだが、一般人が魯迅に親しみを持ったり魯迅を読むきっかけになるような、良い作品と私には思えた。

幻燈事件よりも前に、魯迅の精神がゆっくりと移り変わった様子を、それが実際にどうだったかはまた別の話として、作品としては繊細によく描いていたと思う。

戦時下においては、日中の友好を本当に願った、そして戦争ではなく相互の本当の交流や友情を願い描いた、珍しい作品だったのではないかと思う。

 

太宰は、こうした歴史作品をもっと書けば良かったし、もう少したくさん残して欲しかったとあらためて思われた。

 

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