小林多喜二『党生活者』を読んだ。
- 作者: 小林多喜二
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1953/06/30
- メディア: ペーパーバック
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だいぶ前に、『蟹工船』は読んだことがあったけれど、『党生活者』はまだ読んだことがなかった。
感想はというと、なかなかこれは、単純には評価できない作品と思う。
明らかに小林多喜二自身をモデルにしてある主人公が、官憲の追及を逃れながら、工場の労働者に対してビラを作成して配ったり、革命を夢見ながらも過酷な時代の中で苦悩する様子が描かれていると一応は大雑把には言える。
子どもにキャラメルをあげたり、息子の心配をする母親とほんの一目だけ会いに行ったり、と、胸打たれる部分もある。
しかし、この作品の奇妙な、そして問題を感じずにはいられないところは、「笠原」という女性の描き方である。
笠原は、そこまで共産主義に理解や共鳴をしているわけではないが、一応は主人公たちの活動に好感を持ってくれている人物である。
主人公は官憲に追われていて家を着の身着のままで脱出した後、他に頼るあてがないので、笠原の家にかくまってもらうことになる。
その後、主人公は笠原に申しこみ、男女の仲として同棲することになる。
主人公は日中外に出るわけにはいかないので、ヒモのように暮らす。
笠原は会社につとめていたので働いて、主人公の生活も養ってあげる。
しかし、いつ逮捕されるかわからない不安や緊張や、仕事や生活のストレスから、笠原が「一度としてあなたは散歩にも連れて行ってくれないじゃないの!」という愚痴を言うと、主人公はそんなのは当たり前だろうとしか思わない。
笠原が「私は自分を犠牲にしてあなたに尽くしている!」ということを言うと、主人公は自分は生涯を犠牲にして革命に尽くしている、と思うだけである。
その上、「伊藤」という工場につとめながらオルグをしている賢い美しい女性の同志に、どうも微妙に主人公は心惹かれていく様子が描かれる。
その一方、笠原に対しては革命の難しい話をしても理解しないし興味もさほど持たないことに失望を深めていく。
そうこうしているうちに、おそらくは主人公の関連で思想的なことで疑われたためか、笠原が会社を首になって仕事を失う。
二人はすぐに生活に困り、やがて笠原はカフェの女給として、いわば今日でいうところの水商売みたいな感じの仕事を始める。
主人公は、日中はそのお店に内緒で行って残飯を食べさせてもらったりしているにもかかわらず、笠原が徐々に堕落していくのではないか、水商売の空気に染まっているのではないかと思ったりする。
仕事で疲れ果てた笠原がますます主人公の難しい話を聞かなくなったことに、主人公はますます失望を深めていく。
一方、バリバリと工場のオルグで活躍する優秀な美しい同志の伊藤に心惹かれていく…。
という様子を描いている。
これは、ある程度は、小林多喜二の実際の事実を反映しているのだろうか。
もし仮にそうだとすると、なんとも笠原に相当する女性が気の毒な気がする。
かくまってやり、養ってやり、そのうえそのために会社を首になり、水商売でくたくたになっているうえに、主人公からそのように思われるなら、なんともかわいそうである。
おそらくは、多喜二の恋人のタミさんがモデルになっていたのだろうか。
仮に多喜二自身の話ではないとしても、当時の活動家には、そういうタイプが多々いたのかもしれない。
だだ、逆に言えば、小林多喜二はこうしたことを書かなければ、ただただ立派な革命の英雄や聖人君子ということで通っていったのだろうけれど、自分の事実やありのままを正直に観察して描いたということは、すごいことなのかもしれない。
一緒に暮らしている人の一人を大切にしたり大事に感謝することができずに、何が世直しだとか思う私は、たぶんプチブルの典型なのかもしれない。
しかし、多喜二自身も、自分のそうした側面を、心のどこかで問題があると思っていた、あるいは大切な何かを見失っていると思っていたからこそ、あえて醜悪な部分まで赤裸々に描いたのかもしれない。
多喜二は決して、聖人ではなくて、罪深い人間の一人だったということだろうか。
もちろん、この小説の主人公は、そのまま多喜二というわけではなく、ある程度はモデルにしながらも、実際は全然違っていたのかもしれないが、あえてこうした物語を描いていた多喜二は、革命のためといって身近な人を犠牲にしていくような、そういうあり方に強い疑問や問題意識を感じ取っていた、ということは言えるのかもしれない。
もっとも、この『党生活者』は、前編が完成したあとに、多喜二が官憲に殺されてしまったので、とうとう後編が書かれず未完の作品である。
後半になれば、主人公や笠原や伊藤たちはどのような物語を紡いでいったかは、今となっては想像する他はない。
完成させて欲しかったものである。