謎の村について

誰かご存知の方がいたら教えていただきたいのだけれど、どう考えても不思議な場所に以前行ったことがある。

といっても、そんなに遠いところではなく、同じ福岡県内である。

十年ぐらい前、ちょうど今のように春頃、ドライブにぶらりと行った。
八女インターから高速を降りて、442号線をずっと辿り、52号線から八女市の星野のあたりを目指して、走っていた。

地図通り走っていたのだけれど、なんだか急に山道になり、えっらい古い感じの小さな石橋を越えて行くと、びっくりするぐらい広い茶畑がずっと広がっていた。

白い給水用のスプリンクラーだろうか、それも何本か立っていて、人がほとんどいなそうな、しかしちゃんと手入れの行き届いた茶畑が延々と広がっている。

地図を見ても、どこだかさっぱりわからないので、来た道を戻るよりも、進んでいけばどこかに出るだろうと思い、ずっと先に進んでいった。

すると、山桃の花だろうか、赤く美しい花が色とりどりに咲いていて、小学校や家がちょっと存在している一角が見えてきた。

近づいていくと、途中、古いお宮があって、旗ののぼりが出ていて、なんだか説明の文章の看板も出ていたので、車を止めて降りて見てみた。

「不知親王」(しらずしんのう)と書いてあって、京都の帝の命令を受けてこの地に来て、土地の娘と恋に落ち、長くこの地に住んで、学芸や武術を伝えて過ごした、云々かんぬんと書いてある。

いまいちいつ頃の人物かわからないが、つり眼のきっとしたわりと若そうな顔の木像で、それなりに神韻縹渺とした感じのわりと小さな木像だった。

すると、近所の人らしいおばあさんがお花の取り換えにやってきて、昨日今日はお祭りだから特別に開扉して御像を見れるとの話しだった。
ここがどこだか聞いても、いまいち要領を得ない。

御礼を言って、道が狭そうなので、そこに車を置いたまま、てくてく人家や学校があるあたりに向かって歩いて行くと、学校から子どもたちの元気な、何かを唱和している声が聞こえてくる。

窓から少し様子が見えると、空手か柔道のような服装に袴をつけて、何かを唱和して朗読しているようだけれど、どうもそれが古文か漢文のようである。

それで、狭い路地をちょっと歩いて行ったのだけれど、全体としていかにも過疎化の進んだ日本の田舎の、町とも言えないぐらいの古い町で、どうもあんまり人気がない。

しかし、植木鉢につつじや盆栽が美しく手入れが行き届いていたり、山桃や梅が方々に咲いていて、とてもきれいだったし、そのお祭りのためだろうか、いまいち他の地域では見たことがないカラフルな飾りがしばしば飾ってあった。

と、タクシーの運転手さんの格好をしたおじいさんが歩いてきたので、すみません、道に迷って、と話しかけて、ここの場所を聞くと、「知らず」というので、ふざけた人だなぁと思ったら、「不知」と書いて「しらず」と書く地名だと笑って答えていた。

タクシーかバスを待つためのベンチに勧められるままにしばらく腰かけて、ちょっとだけ御話したが、このあたりは古い時代の隠し田や隠れ里だったのではないかという話である。
どこからそういう話になったのかいまいちわからないのだけれど、そのおじいさんは古代史がとても好きだそうで、「秀真伝」(ほつまづたえ)を個人的に研究しているそうである。

私は秀真伝についてはほとんど何も知らないのだけれど、たまたま本のタイトルと神代文字の存在を聞きかじったことがあったので、多少話を合わせるとたいそう喜ばれて、土地の人は南北朝ぐらいの話と思っているけれど、不知親王は実は古代にさかのぼる伝承なのではないかとひとしきり語ってくださり、ここからしばらく行った山の上には不知親王の墓があって土地の人が大事にしているが、実はあれが墓ではなく、付近のなんとか山が古墳ではないかと自分はにらんでいる、とのことだった。

これから行ってみないか、と言われたが、そうしていると日が暮れそうなので、52号線に戻るにはどうすればいいかと尋ねると、来た道をずっと戻れば良いとのことなので、御礼を言って別れて戻っていった。

まだそんなに日が暮れる時間でもないけれど、山の際に太陽がかかって、薄暗くなり始めていた。
しかし、こじんまりとしたその村は、とても美しくなつかしい感じがした。

車に乗って、元来た道をずっと戻って行ったら、最初に来た小さな石橋のところに来て、きれいな小川が流れていて、ほっとし、しばらくそこを越えて進んでいくと、元の道に戻り、その日は他は特にどこかにも行かず、442号線を戻って、家に帰っていった。

で、不思議なのは、それからどれだけ、地図やインターネットで探しても、「不知」という地名が見つからない。
あの村は、いったい何だったのだろう。

日本にもまだ、知られざる隠れ里があちこちにあるのだろうか。


(読んでくださった方には申し訳ありませんが、これはもちろん4月1日エイプリルフールの嘘です。御海容のほどを。)