雑感 幸せな人生とは

ドラマ・チューダーズの中に、サリー伯の詩として、以下の詩がしばしば出てきた。


「幸せな人生とは、
ほどほどの富と、
豊かな大地
心の平安、
争いのない対等な友、
誰にも支配されず、
病のない健康な体、
素朴な悟り、
悩みのない夜」


ネットで調べてみると、どうも古代ローマのマルティアリスの詩を英訳したもののようである。


サリー伯はヘンリー八世に処刑されるのだけれど、考えてみれば、この詩に出てくるものを、ヘンリー八世は持っていなかったなぁと思う。


絶対的な権力と富を持っていたにもかかわらず、ヘンリーには、心の平安や健康や悩みのない夜がなかった。
対等な友も、サフォークやフランソワ一世がひょっとしたらわりとそうだったのかもしれないが、前者は家臣だし、後者は友と言うより敵なので、どうもいなかったようにも思える。


そうこう考えると、王や大金持ちというのは、さぞかし幸せだろうと思うけれど、そうでもないのかもしれない。
ヘンリー八世ですらこうなのだから、ましてや他のもっと王権が弱かったり苦労の多かった王たちは言うまでもない。


そうこう考えると、庶民に生れて、少欲知足で、平和に平凡に生きれたら、それが一番幸せなのだろうか。
そういえば、ヘロドトスの歴史の冒頭には、アテナイの賢者・ソロンが、そのようなことを言うくだりがあった。


安倍首相も、今は栄耀栄華で、さぞかし順調で思うがままだろうという気もするし、もろもろの条件に稀有に恵まれたもんだなぁとも思うが、心の平安や友はあるのだろうか。
病のない健康な体も素朴な悟りも、悩みのない夜も、どうもあんまりないような気もしないこともない。


ソロンやマルティアリスやサリー伯が言う通り、これらの幸せを得ている側の方が、おそらくはそうでない者よりは、人生は良いものなのかもしれない。




“The Means to attain Happy Life” by Henry Howard, Earl of Surrey

MARTIAL, the things that do attain
The happy life be these, I find:—
The richesse left, not got with pain;
The fruitful ground, the quiet mind;


The equal friend; no grudge, no strife;
No charge of rule, nor governance;
Without disease, the healthful life;
The household of continuance;

The mean diet, no delicate fare;
True wisdom join'd with simpleness;
The night dischargèd of all care,
Where wine the wit may not oppress.

The faithful wife, without debate;
Such sleeps as may beguile the night:
Contented with thine own estate
Ne wish for death, ne fear his might.