- 作者: 山崎雅弘
- 出版社/メーカー: 学習研究社
- 発売日: 2001/09
- メディア: 文庫
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よくまとめてあり、ためになった。
建国直後から常に周辺諸国との軍事的衝突に巻き込まれてきたイスラエル。
その生き残りのための努力には、日本の戦後とは全く違う物語があり、とても興味深かった。
第一次中東戦争では、兵力も装備も、イスラエルはアラブ諸国よりも劣っていたそうである。
にもかかわらず、圧勝した。
第三次中東戦争でも、同時に三方向の敵と闘い、しかもエジプト軍はイスラエルよりも強力な最新鋭兵器と兵力を擁していたにもかかわらず、イスラエルは圧勝した。
それらの歴史を見ていると、勝敗を分かつのは、装備や兵力だけでなく、指揮官の作戦能力と士気と内部の結束なのだとしみじみ思う。
アラブ諸国は、だいたいエジプトとヨルダンやシリアなどが反目しあったり、相互に不信感を持ったりして、足並みがそろわないことが多かった。
また、今となっては忘れられつつあるが、アラファトが路線転換する前のPLOのテロは本当にひどかったなぁと70年代と80年代のさまざまな事件を見ながら思った。
多くの血を流した上で、それでもなんとか平和を実現しようとした、多くの人々の意志や言葉にも、あらためて胸を打たれた。
「私たちの間にあった巨大な壁は、1973年に崩れ落ちました。しかし、未だ壁は残っています。お互いの猜疑心の壁、拒絶、強迫観念、これら精神的な障壁が問題の七割を作り出していると言えるでしょう。今日、私は皆さんに呼びかけたい。互いに手を携えて、信頼と誠実さでこの精神的な障壁を取り除きましょう。」(1977年、イスラエルの国会において、エジプトのサダト大統領)
「血も涙も十分に流した。もう充分です。私たちはあなたたちに、いささかの憎しみも抱いてはいません。復讐したいと願ってもいません。共に綴ってきた悲しみの書物に、新しい章を、一緒に開こうではありませんか」(1993年、オスロ宣言調印式にて、イスラエルのラビン首相)
「ここまで到達するには、途方もない勇気が必要でした。平和を確立して共存関係を維持していくには、さらに大きな勇気と決意が必要となるでしょう」(1993年、オスロ宣言調印式にて、PLOのアラファト議長)
「私は27年間にわたって軍人として戦い続けてきましたが、その間に平和を実現する機会は一度もありませんでした。
しかし、今、その機会が訪れたことは間違いありません。
だからこそ私は、平和にチャンスを与えることに決めたのです。
今日ここに集まっておられるみなさんは、ここに来なかった人々と共に、国民は心から和平を望み、暴力に反対しているのだという事を、身をもって示してくれました。
暴力は、イスラエルの民主主義を根底から蝕むものです。
暴力は非難され、排除されなければなりません。
暴力に蝕まれた姿は、イスラエル国家が歩む道ではありません。
和平への道は、様々な困難と痛みを伴う道だというのが実状です。
イスラエルにとって、痛みを伴わない道は皆無です。
しかし、戦争の道よりは和平の道を望みます。
今日、国防相の立場からイスラエル国防軍兵士の家族の痛みを見ている人間として、こう言いたいのです。
彼らのために、私たちの子供たちのために、そして私たちの孫たちのために、この政府が、包括的な和平の推進と達成のために、あらゆる糸口、あらゆる可能性を探り尽くすように、願ってやみません。」(1995年、ラビン、暗殺される直前の演説)
これらの言葉をいま読むと、あらためて深く考えさせられる。
多くの人にお勧めしたい好著。