永井隆 「長崎の鐘・マニラの悲劇」

長崎の鐘 付「マニラの悲劇」 (人間愛叢書)

長崎の鐘 付「マニラの悲劇」 (人間愛叢書)


この本には、永井隆の『長崎の鐘』と『マニラの悲劇』が収録されている。


両方とも、後世の日本人が必ず読むべき本だと読んで思った。


恥ずかしながら、私は『長崎の鐘』は名前だけは聴いたことがあったが、読むのは今回が初めて。
『マニラの悲劇』は、そのような文章があることすら知らず、最近偶然に読み始めた。


『マニラの悲劇』は、読み終えると、なんとも胸がつぶれた。


第二次大戦中のフィリピンでの日本軍による無目的で非合理な殺傷行為が、さまざまな証言によって描かれてある。
こんなにひどかったとは…。
恥ずかしながら知らなかった。


嘲笑いながらフィリピンの人々に手榴弾を投げ込んだり、銃剣で突き刺す日本兵と、フィリピンの人々が、読みながら福音書の中のイエスをいたぶるローマ兵とイエスに重なった。
あれはひどい話と思ってたら、なんと自分たちの歴史の姿でもあったのだと、読んでいて思わされた。
多くのスペイン人やフィリピン人の教会の聖職者たちも殺されたそうだが、彼らは死に際して、自分たちを殺す人々の許しを神に祈りながら死んでいったということが、この本の証言の一つに書かれていた。


マニラは、戦争が起る前は、小さなローマと言われるほど、歴史のある古い大きな教会建築が立ち並ぶ街だったそうだが、そのほとんどが日本軍と米軍の戦闘によって破壊された。
日本軍は、意図的にそれらの建築を破壊する場合も多かったそうである。


何の罪もない、女性や子どもの殺傷も随分多かったことがこの本には描かれている。


村山談話や小泉談話は、フィリピンを思えば、当然断固として堅持されていくべきものだと、この本を読んでいて思われてならなかった。
昨今、それらの見直しを言う人がいるが、とんでもない話で、単に歴史に無知なのではないかと思う。


また、『長崎の鐘』は、著者が、長崎の原爆投下直後に実際に体験し、目撃した出来事の、渾身の記録である。
読んでいて、あまりのひどさと悲しさに胸がつぶれた。


一方、これほどのどん底にありながら、医師である著者自身や、看護婦の人々が負傷し苦しむ人々の治療に献身的に尽くしていた姿は深い感動を覚えた。


また、著者やその友人たちが、敗戦の前の時点で、原子爆弾だということと、いかなる原理によってこの爆弾ができたか、どのような研究や開発体制だったかを、ほぼ正確に推測して議論している様子の回想があるのに驚いた。
日本も、潜在的には原爆を開発するだけの人的な資源は多々あったのかもしれない。
しかし、著者たちが言うように、幸か不幸か、軍部が愚かだったことと研究施設や費用が貧弱だったために開発できなかったのだろう。


著者が、最後の方で述べる「神の摂理」論は、その後随分と議論を醸したそうだが、この本を読むと、いかなる状況において、どのような思いからそのような受けとめ方を永井隆がしたかがよくわかり、涙なくしては読めなかった。
その是非についてはいろんな議論があるのかもしれないが、私は真実の信仰だと思った。
贖いの子羊として長崎が神にささげられる犠牲になった。
という考え方は、おそらく著者のような敬虔なクリスチャン以外はなかなか理解しがたいところもあるかもしれない。
しかし、そうではあっても、長崎のこの犠牲を、これから先に決して無にしないようにしなければならないということは、誰であってもこの本を読めば同意できることなのではないかと思う。


あまりに重い歴史を、この二つの文章は後世の我々に投げかけているが、そうであればこそ、しっかりと読むべき本なのだと思う。