鈴木静夫 「物語 フィリピンの歴史」

とても面白かった。


恥ずかしながら、私は今までフィリピンの歴史にはほとんど無知だったのだけれど、この一冊でだいぶいろんな歴史の物語を知ることができた。


抵抗五百年の歴史。
スペインやアメリカの植民地支配を受けながら、その時々に、一身をかえりみずに祖国の独立に尽くした人たちの姿に胸を打たれる。


そういえば、私が小さい頃、アキノさんの暗殺事件があった。
空港での暗殺の様子が、繰り返しテレビに映っていたのを見て印象的だった記憶がある。
その頃は、ぜんぜんアキノさんがどんな人か知らなかった。
というか、この本を読むまでほとんどよく知らなかったのだけれど、とても魅力的な、立派な人だったんだなぁと胸打たれた。


アキノさんを死に追いやったマルコス独裁政権は、ひどいもんだとはしばしば聴いていたが、聞きしにまさるひどさだとこの本を読んでいて驚いた。
やっぱり、適当にろくでもない指導者を選ぶと、本当にひどいことになってしまうんだなぁとあらためて思う。


また、この本の前半で記されているスペイン支配のあまりのひどさには、ただただ絶句した。
秀吉や家康が鎖国と切支丹弾圧の政策をとったことも、あの時代では妥当だったのかもなぁという気がしてきた。
仮に、開国が続き切支丹勢力の増大があった場合、日本もフィリピンのような状況になる危険性はある程度はあったろう。


スペイン統治下のフィリピンは、貢税・奴隷化・強制労働の三重苦に苦しみ、精神的にもキリスト教によって支配され、現地の文化は見下され破壊されていった。
教会は巨大な権力や財産を持ち、現地人への差別は横行し、聖職者の腐敗も甚だしかった。日本の切支丹の夢とは裏腹な現実があった。
日本の中だけで見ると、切支丹の人々はとても気の毒な気がするが、家康はかなり冷静に国際情勢を正確に見たうえで、政策を決めていたのだろうと思えた。


また、しばしば第二次大戦を日本によるアジア解放の戦争だったという人の主張を聞くけれど、この本を読んでいると、どう考えてもフィリピンの場合はあてはまらないと思えた。


1916年のジョーンズ法で、アメリカはフィリピンの将来の独立を認め、行政権は握り続けていたが、立法権自治はすでに認めていた。
1934年のフィリピン独立法で、すでに十年後の独立が決まり、独立準備政府ができていた。日本は、この程度のことも、自国の植民地に認めていただろうかと考えさせられる。
ことフィリピンに関しては、日本の侵攻は、別に独立とは関係ない、迷惑至極なことだったのかもしれない。


そういえば、昔、何の本だったろうか、日本はわりと開戦の直前になってから、フィリピンの詳しい地理もそれまでわかっていなかったので、急遽地図や資料を集めて、南方作戦を樹立したと読んだ記憶がある。
確かな話かどうかはわからないけれど、もし本当ならば、なんとも準備不足な気がする。


一方、この本によれば、フィリピン側では、かなり早い段階から日本の侵攻について懸念を持っていたらしく、ケソンとマッカーサーはたびたびそのことを話し合っていたらしい。
また、フィリピンの社会党共産党は、対米独立より日本に対抗することを優先して協力関係を1938年には確立している。


バターン死の行進も、前々からきちんと事態を想定して準備していれば避けられたかもしれないし、どうも日本軍は南方作戦に関して、あまりにも準備不足だった気がする。
緒戦で勝ちまくればいいというわけではなく、戦争は終結まで含めて準備が必要だったはずだ。


良くも悪くも、その点、アメリカはいろいろとやり方が上手だなぁと思えた。


スペインによる精神の奴隷化と身体の奴隷化。
アメリカは、また別の巧妙な形で、精神の奴隷化を進めたこと。
それらに、いかにフィリピンの人々が抵抗し、闘い、紆余曲折を経ながら、今もそのことがテーマであること。


この本は、そのことをとてもわかりやすく書いてくれていて、とてもためになった。