増補版「アメージング・グレース」物語: ゴスペルに秘められた元奴隷商人の自伝
- 作者: ジョン・ニュートン,中澤幸夫
- 出版社/メーカー: 彩流社
- 発売日: 2012/12/03
- メディア: 単行本
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この本は、アメイジング・グレイスの歌詞をつくったジョン・ニュートンについての本である。
アメイジング・グレイスは、おそらく知らない人はいない有名な歌で、曲も歌詞もすばらしい。
私も昔から大好きな歌だ。
昔、旅行中に、エディンバラでバグパイプでアメイジング・グレイスが演奏されているのを聞いて、深く心を揺さぶられた記憶がある。
だいぶ前、この歌をつくった人は、元は奴隷船の船長で、過去の罪を悔いて、その思いを歌にしたという話を聴いて、とても驚いた。
その元奴隷船の船長で、のちに牧師となった人物が、ジョン・ニュートンで、十九世紀イギリスの人物である。
この本は、四部構成になっていて、第一部では翻訳者による解説、第二部はジョン・ニュートンが書簡の形式で書いた自分の人生の回想、第三部は他の人によるジョン・ニュートンの伝記、第四部はジョン・ニュートンが書いた奴隷制についての批判の文章である。
この本を読んで、はじめて詳しいことがいろいろとわかったが、ジョン・ニュートンは元々はわりと裕福な、かなり地位の高い軍人の父親の元に生れたそうである。
しかし、幼い頃に母をなくし、いろんな心の悲しみや悩みや葛藤を抱えて育った。
青年の時に、徴兵されて、士官になっていたが、厳しくて退屈な生活に嫌気がさし、また自分が愛している少女の顔を見たさに、脱走を試みる。
しかし、すぐに捕まって、降格されて一般水兵として働かされ、その屈辱から逃れたいと思い、たまたま近くを通りがかかった他の商船に乗り込むことを願い出て、許可されて移る。
しかし、航海中、その船の船長と険悪な中になり、アフリカの海岸に着いたところで船を降りた。
しかし、何の財産もなく、知り合いもおらず、白人ではあるものの、ほとんど黒人奴隷と変わらない待遇で雇われて、苦しみ続けた。
その後、父の知人がやってきて、その境遇から救い出してくれて、一度はイギリスに帰国する。
ちょうどその頃、父親が亡くなり、父親の知人から商売の話を持ちかけられ、奴隷貿易の船の船長として、アフリカとの交易にたずさわるようになった。
ジョン・ニュートンは、嫌気がさしながらも、奴隷貿易は「収益性の高い」仕事であり、牢番のようなものだと思い、別に反対することもなく奴隷貿易に従事していた。
しかし、航海の間に何度も九死に一生を得る体験をし、奇跡としか思えない体験をして生き延びてきたことから、前非を悔いて牧師になることを目指すようになる。
たまたま一時的に病気になったこともあり、奴隷船の船長をやめて、帰国した。
当初は、なかなか牧師になれなかったが、その間もめげずに勉学を続けて、ついに牧師になり、ロンドンの最も重要な教区を任されるまでになった。
そして、そこから、奴隷制廃止のための声をあげていった。
ジョン・ニュートンが、この本の第四部に収録されている「アフリカ奴隷貿易についての考察」で記す奴隷貿易の実態は本当にひどい。
そもそも、イギリス人の奴隷船で働く人もかなりの確率で危険な航海や病気により死亡するし、黒人奴隷にいたってはアメリカに輸送中に平均すれば四分の一が死んだという。
また、奴隷貿易は白人たちの精神を腐敗させていると述べる。
さらに、アフリカでは、黒人の勢力同士が、他の勢力の人々を奴隷にして白人に売って儲けるために戦争を起しており、奴隷貿易はアフリカの現地の内戦を起す原因だとも批判している。
イギリスは、実際、その後、奴隷制廃止の声が高まり、アメリカよりもかなり早い時期に奴隷貿易も奴隷制そのものも廃止されていった。
その中心人物となった政治家のウィルバーフォースは、ジョン・ニュートンの知人であり、ジョン・ニュートンはウィルバーフォースを励まし続けたそうである。
このあたりのことは、ウィルバーフォースが主人公の映画『アメイジング・グレイス』でも感動的に描かれていた。
ジョン・ニュートンは、若い時に好きになった女性と、長い航海の遍歴を経たのちに、無事に結婚する。
何度も自暴自棄になりそうなところを、そうならずに生きて帰ったのは、その女性への愛が大きな原因だったようである。
しかし、その最愛の妻も、やがて病気で先立ってしまう。
また、クーパーという親友がいて、クーパーはジョン・ニュートンよりも若いが、とても深く聖書を理解し、すぐれた讃美歌をつくっていたそうである。
しかし、クーパーはずっと長い間鬱病に苦しみ続け、とうとう鬱病のまま死んでしまった。
この本には、末尾に、クーパーを悼んでジョン・ニュートンが詠んだ弔辞も収録されているが、それも深く胸を打たれる文章だった。
さまざまな人生の悲しみや出来事や、自暴自棄になったさまざまな時にも、自分では気づかいないところで、はかりしれない神のはからいや愛があると、ジョン・ニュートンはその著作で語り続ける。
「他の人にはどれほどささいなことに見えたとしても、あらゆる出来事に神の御手が働いている」
そうジョン・ニュートンは牧師になってから語り続けたそうである。
私は仏教徒だけれど、この本を読んでいて、たしかに神はいるのかもなぁ、と考えさせられた。
もっと言えば、そのように人の心に働きかける何かが、この世には人の頭でははかりしれないところにあるのかもしれない、それは間違いないのではないか、とこの本を読んで、そしてあの美しいアメイジング・グレイスの曲を聞いていると思えてならない。
ちなみに、この本を読んで知って驚いたのだけれど、アメイジング・グレイスは今は四番まで歌詞があるが、ジョン・ニュートンがつくったのは今の三番までで、四番目の「一万年経っても」云々という歌詞の部分は、『アンクル・トムの小屋』の中に出てくる歌詞をのちに追加したものらしい。
おそらく、アメイジング・グレイスの曲に合わせて黒人が歌っているのを、『アメイジング・グレイス』の作者のストー夫人が作中に記したのではないかということだった。
ちなみに、アメイジング・グレイスが有名になったきっかけは、ベトナム反戦や公民権運動にかかわっていたジュディ・コリンズという歌手の歌が大ヒットしたことがきっかけで、ジュディ・コリンズはそうした願いや思いをこめて歌っていたというエピソードも、とても興味深かった。
あと、個人的には、ジョン・ニュートンが牧師になかなかなれず、願いがかなわない時期にも、聖職者になれないとしても「私は時間を無駄に使い、沈黙のうちに私の才能を葬り去ることは間違っているに違いないのである。」と考えて、せっせと努力し続けたというエピソードが、自伝を読んでいてけっこう興味深く、感心させられた。
本当に神の恵みへの感謝の心を持つ人は、このように努力をし続けるもので、ぼーっと怠けているのは本当の信心ではないのだろうとあらためて考えさせられた。
読んでいて、いろんな発見や感動のある本だった。
この本を読んでから、あの歌を聞けば、さらに深くあの歌を味わえるのだと思う。