高2自殺 「虫」と呼ばれたことが原因と

兵庫いじめ自殺:「虫がおる」と泣き出す 夏に情緒不安定
http://mainichi.jp/select/news/20120919k0000m040154000c.html



この記事を読んでて、同級生から「虫」と呼ばれるいじめを受けていたという文章を読んで、思わず憤激のあまり眉間にしわが寄ってしまった。


あんまり怒るのは良くないとはいえ、ちょっとこれはひどい


他人を虫扱いし、ましてや死に追い込んだような人間は、自分自身が人間扱いを今後されなくなっても、文句は言えまい。
もしそれでは困ると思うならば、せめても今からでも、慚愧懺悔して被害者の遺族の方に土下座して謝るべきだろう。
本来ならば、切腹して詫びるべき卑怯卑劣な行為である。


先日、ある政治家の人が、「どうすればいじめをなくすことができるか?」という質問に対して、まず第一にはいじめは卑怯なことだとはっきり学校や家庭で教えることと、そして起こった場合の対応をきちんと行う態勢を整え、何かあればきちんと相談するようにあらかじめどの子どもにもしっかりと周知徹底することの二つを主に答えていて、なるほどと思った。


そもそも、昔の日本人は、たとえば会津藩の武士の子どもは、「弱い者をいぢめてはなりませぬ」「ならぬものはなりませぬ」ということを徹底して教え込まれたそうである。


他人を虫けら扱いした人間は、自分自身が虫けら扱いされてもかまわないと自ら宣言することであり、因果の道理でいずれ必ずそうした目にあうということと、


人間は、そうした卑怯卑劣な振る舞いをしてはならないということを、きちんと子どもに叩き込む学校や家庭や地域社会であって欲しいものだと思う。


ただ、韓信の故事にあるように、いかなる屈辱を受けようと、耐えに耐えて生きのびることも、できれば各人には努めて欲しいと思う。
この被害者の方の場合は、情緒不安定になっておそらく発作的なことだったのかもしれないのでなんとも気の毒だが、卑怯卑劣な振る舞いを相手がなしている場合、それに屈せず、自ら省みてなおくんば千万人といえども我往かんという気概を持つのも大事だということも、できれば小さい頃から各地域や家庭や学校で培って欲しいことだと思う。


いずれにしろ、このところのこうした出来事の頻発は目に余る。
内憂外患というが、本当に問題なのは外患よりも内憂であり、日本人の心がしっかりしていればいかなる外からの困難も恐るるに足りないし必ず乗り越えていけるが、内側の心が腐って朽ちてはどうにもならない。
卑怯卑劣なことは断じて許さず、高く直き心を、今一度国家社会全体で大切にし培うように各自で心がけるようでありたいと思わずにはいられない。