小沢裁判、無罪判決

小沢さんに無罪の判決が出た。


おそらく無罪判決が出るだろうとは以前から思っていた。
そのことは日記にも何度か以前書いたことがあるけれど、実際に判決が出ても、やっぱりという感想しかない。


ただ、これで思うのは、もし小沢さんや小沢派が、この一年ほどの間、法廷闘争に専念し、政治的には311の国難にあたって党派心ではなく国家のためを思った行動をずっととっていれば、無罪判決を聴いての私や私以外の多くの人の感想は全然違っていただろうと思う。


もし、そうであったならば、めでたいことで、率直に祝意をあらわしていた。


しかし、この一年以上の間、小沢さんや小沢派は、311ほどの国難にあっても、常に菅降ろしを画策し、党派心からばかり行動して、政治を攪乱し、不安定化させる行動ばかりとってきた。


政治資金の動きに関して無罪の判決が出たということと、今までの小沢派の政治的な行動が妥当なものだったかは全く別のことである。


狂信的な一部の小沢派が、これで頭にのって、自らの卑怯卑劣な菅降ろしの振る舞いについて何の反省も慚愧もなく、わがもの顔に横行し、維新の会などと連携しながら国政を壟断しようとするならば、なんともはやうんざりさせられるものである。


ただ、これで小沢さんも小沢派も勢いづいて、ますます政治的な行動を活発化させられるのだろう。


司法的には、手続き上、また根拠上、きわめて疑問だった小沢裁判について無罪判決が出たことは妥当なことであり望ましいことだが、政治的にこれから起こるであろう状況を考えると、なんとも暗澹たる思いにならざるを得ない。


たぶん、小沢派は「正義感」や「善意」から民主党を攪乱し破壊し、維新の会を中心とした政権が次の選挙で誕生するのだろう。
国民の多くもそれを喝采するのだろう。


歴史というのは、しばしばどうにも手のうちようのない、流れというものがあるのかもしれない。