ペトラルカ 『わが秘密』を読んで

わが秘密 (岩波文庫)

わが秘密 (岩波文庫)


ペトラルカの『わが秘密』を読んだ。


この本、十年ぐらい前に、一回読んだかすかな記憶がある。
たぶん最初の方だけ読んで途中で断絶していたと思い込んでいたのだけれど、自分の線引きの跡がしっかり残っているので、かなりしっかりと当時は、少なくとも第二巻の最後ぐらいまでは読んでいたらしい。


しかし、さっぱり忘れていて、ほとんど覚えていなかったので、今回本当に新鮮に読むことができた。


そして思ったのは、これは本当に名著である。
生涯の座右の本にしたいと思った。


この本は、ペトラルカ本人が、アウグスティヌスと対話するという内容である。
ペトラルカは14世紀の人間で、アウグスティヌスは4~5世紀の人物なので、当然ペトラルカの創作であり、現実の対話ではない。
しかし、とても生き生きとしていて、そして対話ならではの、思考や魂の深まりが本当によく描かれていて、とても面白かった。


「だれも自分の意志によってしかみじめにはならない。」
(35頁)


「「自分はこれ以上どうすることもできない」というかわりに、「自分はこれ以上欲しない」と白状することだ。」
(38頁)


「欲するだけでは足りぬ。切望してこそ目的は達されよう。」
(44頁)


「死の警告に取りかこまれているのに、自分が死ぬ定めにあることを充分に深く考える人は少ない。」
(54頁)


「充分に深くおりていく」

(59頁)

「われわれはほとんどみな「死を遠くに認めるというこの点で誤る」。」
(65頁)


「絶望すべきことはなにひとつない。」
(79頁)


「きみ自身の天性に照らせば、きみはとうのむかしから富んでいた。大衆の賛同を尺度にすれば、けっして裕福であることはできないだろう。」
(99頁)


「そんな老年のことを考えて心配し、そのくせ、かならずゆきつくもの、しかもひとたびゆきつけばそこから帰ってはこれないもののことを忘れているのだ。もっともこれは、きみたち人間のいまわしい習性で、きみたちは一時的なものを気にかけ、永遠なものをなおざりにする。」
(103頁)


「きみは目をむけた方向しか見ていない。しかし後ろをふりかえってみればわかるだろうが、無数の人の群れがあとにつづいており、きみは最後列よりも最前列のほうにいくらか近い。」
(139頁)


「むしろ、賢明でないことをこそ厭うべきだね。ただ賢明さのみが、自由をも真の富をもあたえることができたはずだ。それに、原因の欠如のほうは甘受しておいて、成果がえられないのをなげく、そういう人は、原因のことも結果のこともよくわかっていないのだ。」
(142頁)


「まず魂をととのえ教育して、愛着のあるものを放棄し、うしろをふりかえらず、慣れ親しんだものを顧みないようにすべきだ。そうしてはじめて、恋する者にとって旅は安全なものとなる。―きみが自分の魂を救済したいなら、このようにすべきだと知りたまえ。」
(207頁)


「子どもっぽい愚行は捨てたまえ。青春の炎を消したまえ。いつも過去の自分のことばかり考えようとしてないで、ときには現在の自分をみつめたまえ。」
(227頁)


「どの日もきみを照らす最後の日とおもいたまえ。」
(230頁)


「きみのまわりには、どれほど多くの仕事がひしめいてるかを考えたまえ。しかもこれらに打ちこむほうが、はるかに有益だし立派でもある。きみの手もとには、どれほど多くの作品が未完成のまま残されているかを考えたまえ。ほんの一瞬にすぎないこの人生の時間を、これほどおろかに配分するのはやめて、これらの作品に当然の権利をとりもどしてやるほうが、はるかに正しいだろうよ。」
(232頁)


「きょうきみに丸一年だけの生涯が予定され、しかもこれが一点の疑いもなくきみにもわかっているとすれば、この一年間という時間をどのように使いはじめるつもりかね。」
(243頁)


「一年を生きられる人は、六か月をうしなてもまだ六か月という期間が残っているが、しかしきみは、きょうという日をうしなえば、だれがあすの日を保証してくれよう。」
(245頁)


「だからこんなものは二のつぎにして、いまこそきみを、きみ自身に返したまえ。そして、われわれの出発点にもどると、きみ自身とともに死の省察をはじめたまえ。きみは知らぬまに、すこしずつ死に近づいているのだ。あらゆるおおいをひきちぎり、闇を追いはらって、死をみつめよ。一日も一夜もおろそかにせず、最期の時を思いたまえ。天も地も海も変わる。脆弱きわまる動物である人間が、なにを望みえよう。時は過ぎ去り、過ぎゆき、瞬時もとどまらずに移りゆく。きみが自分はとどまりうると思うなら錯覚だ。」
(257頁)


「きみがきみ自身を見捨てさえしなければ、願いはかなえられよう。」
(265頁)



などなどの言葉が、心に響いた。


しかし、ペトラルカのこの対話形式の文学のメッセージは、決して語句だけを切り取っては汲み取ることができない、深みと味わいがある。


人生には、自分が思っているよりも恵まれていることがたくさん見つけられること。


読書は、血肉化こそ大事であること。


死を見つめ、いのちを見つめるとは、どういうことであるか。


これらを、本当に、この本によって深く考えさせられるし、この本によってその思考の旅に誘われる。


繰り返し読み、生涯座右の本にしたい。
もしそうして、この本を折々に血肉化し、人生という旅の道連れにすることができたならば、生死の迷いの夢から、どれほど目覚めさせらることだろうか。